| 仏教の基本認識 |
一、仏陀とは? 仏陀(ブッダ)とは、インド古代の梵語(サンスクリット語)の音訳です。 仏陀には、自己覚悟・覚悟他人・覚悟一切・無所不知・無時不覚の意味もあり、一切智人或いは正遍知覚とも称されます。 仏陀の簡訳は仏で、今から 2589 年前(紀元前 623 年)、インドのカビラ城の太子として生まれ、成道後、釈迦牟尼と称されました。釈迦は族姓、能仁の意味で、牟尼はインド古代の聖者が用いた尊称で、寂黙の意味です。彼が仏教の教主です。 しかし、釈迦牟尼の言教中から明白なのは、歴史の記載では、釈迦のみが仏ですが、遠い過去にも未来にも、この世界に仏の誕生があり、現在の十方世界においても、数多くの仏の存在があります。 そこで、仏教は仏陀を独一無二とせず、過去・現在・未来を認め、無量無数の仏陀を有し、ひいては全ての人、全ての情ある衆生(主に動物を指す)を信じます。仏を信じるか否かに関係なく、将来成仏する可能性があります。仏教は、仏陀はすでに悟りをひらいた衆生で、衆生はまだ悟りをひらいていない仏陀であると信じるためです。 境界上では凡聖は異なりますが、本質上では仏性は一律平等です。そこで、仏教は仏陀を唯一の神として崇拝せず、他の宇宙の創造神の存在も認めず、仏教徒は無神論者です。
二、仏陀は創世主か? 仏陀は創世主ではありません。正信の仏教には、創世主の観念はありません。仏陀はこの世の覚悟者で、仏陀は世界の一切の原理を悟りますが、世間にすでにある状態を変えることはできません。仏陀は衆生を済度できますが、衆生が得度できるかどうかは、衆生の自我努力によって決まります。 仏陀は最高の名医であり、衆生の苦痛を診断処方し、彼の薬により、必ず得度します。服薬しないなら、仏陀は助けたくても力が及びません。仏陀は最高の先導者で、衆生を世間の苦海から出離するよう導き、彼の導きに従えば、必ず得度します。導きに従わないなら、助けたくても力が及びません。そこで、仏陀は創世主気取りはせず、弟子達がただ仏陀に形式的な崇拝をするのを望みません。仏陀の言教を実践することは、見仏敬仏と同等で、さもなければ、当時仏陀に会っても、見仏しないに等しいです。 仏陀は創世主でも主宰神でもなく、仏陀は衆生に離苦得楽に導くだけで、仏陀はすでに自己が離苦得楽をしていても、衆生の離苦得楽を代わり受けません。仏陀は大教育家・人天導師で、魔術師ではありません。「人の代わりに罪の償いをする」と言ったりせず、一切を自己が責任をもって行うよう教えます。それは、「瓜を植えれば瓜がなる(因果応報)」です。
三、菩薩とは? 菩薩もサンスクリット語の音訳、かつ簡訳したもので、全訳は、「菩提薩? 」です。菩提は覚、薩?は有情の意味で、有情は、情愛と情性の有る生物を、主に動物を指します。菩薩は覚悟の有情で、一切の衆生の苦痛を覚悟し、一切衆生の苦痛を同情し、一切衆生の苦痛から救い出します。そこで、通俗的に、楽善好施(慈善事業や喜捨を喜んでする)及び扶困済厄(危険や困難に直面している人を助ける)の人を、「菩薩心」と称します。 菩薩の本義は、民間の観念と大きく異なり、菩薩とは、仏を信じ学び、その後自他の済度を願い、至っては己を捨てて人を助ける人です。そこで、泥塑木彫(土人形・木ぼりの人形)の土地神や牛鬼蛇神(牛の妖怪・蛇の化け物)は、絶対に菩薩とは呼べません。 菩薩は、衆生成仏が必ず通る身分で、衆生が成仏を望むなら、まず大願心を発する必要があります。最も主要なものは四つあり、四弘誓願「衆生無辺誓願度、煩悩無尽誓願断、法門無量誓願学、仏道無上誓願成。」と呼ばれます。名実ともに備わる菩薩になることは、決して容易ではありません。 しかし、最初の発心発願から成仏するまで、全て菩薩と呼ぶことができ、凡夫菩薩と賢聖菩薩の違いがあります。通常、仏経中の菩薩は、聖位菩薩を指します。《菩薩瓔珞本業経》によると、菩薩には計五十二階位があり、十二階位のみが聖人で、それは、初地から十地まで、そして当覚と妙覚です。妙覚菩薩とは仏で、等覚菩薩は間もなく成仏する大菩薩です。よく知られる観世音・大勢至・文殊・普賢・弥勒・地蔵等は、等覚位の大菩薩です。
四、仏教の基本教理とは? 仏教の教典の多さは、皆さんがご周知の通りで、今日まで、どの教典が代表的な仏経であるか指定できません。中国に多くの宗派が出現したのも、主に宗経論の立場の違いによります。 しかし、仏教の教理には、一つの基本原則があります。それは、釈迦世尊が宇宙人生に対する特別の開悟、すなわち縁生の道理を悟ることです。 縁生とは、因縁が生むもので、各種関係の結合により生じた各種の現象です。例えば、ある文章が読者の手に入り、読者は仏教の問題を明白にします。この中間の関係(因縁)は、簡単なようですが、実際は非常に複雑です。文字の来源及び修養、知識の累進及び吸収、作者の健康熱意及び見解、文具の製造及び運用、文稿の検字植字及び印刷、郵便の発送及び伝送、最後に読者自身の興味・知識及び精神を得て初めて、一篇の文章が作者から読者間の任務を完成します。 この種の関係(因縁)の例は、わかりやすくはっきりしており、一つ一つの関係において、互いに関連性があります。この繋がった関係の現象が、因縁です。物事の出現は、因縁の集合により、物事の消失は、因縁の分散によるもので、これを縁生縁滅と呼びます。 宇宙間の万事万物は、縁生縁滅・変化無常で、一切の現象は仮有的・暫有的・幻有的です。水面の一つの泡から全体世界まで、至っては宇宙の星まで、永久不変のものはありません。永遠に実在せず、一切が皆空であると証明し、仏教はこの道理を「縁生性空」と称します。 仏教が空門と呼ばれる原因は、ここにあります。しかし、人々は仏教の空義に対して、誤解が多いです。仏教の空は、固定不変の物事ではないため、「実在しない」の意味に相当しますが、「存在しない」の意味ではありません。多くの人は、空とは「一切無」と思っていますが、仏教は縁生(関係)の分析から、空無実態の道理を説明します。例えば、一台の車を科学者の目で分析するなら、車は存在せず、車は各種元素(部品)及び関係の結合にすぎません。しかし、現象から言うと、車が壊れていたとしても、車体が溶かされない限り、車は車です。 そこで、仏教の縁生性空は、本質の分析透視を重視し、我人が幻妄の境界に生存することに警戒し、幻妄の名利物欲のために名利物欲の犠牲にならなってはならず、看破・放下と呼ばれます。看破するのは現象の幻境で、放下するのは名利物欲の貪得無厭(貪欲で満足することを知らない)です。現象の存在を否定するのではないので、仏教徒は法体は空と言い、幻有現象と存在を離れません。なぜなら、生死解脱の能力が無いなら、あくまでも業力の造作(業を作ること)と受報(果報を受ける)の中で、業も幻の存在であり、業によって結果(生命の浮き沈みや苦楽感受)が作られます。 ここで忘れてはならないことは、一切現象の幻現幻有は、全て衆生の業力によって感化されたということです。そこで、縁生性空の道理が悟透できれば、一切幻境の誘逼を受けません。一切幻境の奴隷にならず、自由自在を手に入れ、それは生死解脱の工夫です。 人は、一旦外在の境界の変化を受けないと、生死の業を作らず、生死解脱ができる、或いは自分で生死を決めることができます。
五、いかに仏教徒になるか? キリスト教の新旧各種教派は洗礼を重視し、洗礼後初めてキリスト教徒と呼ぶことができます。これとインドの外道は、「聖河」で沐浴すれば欲罪悪が除けるという迷信行為に似ています。 正信の仏教に加入し、仏教徒になりたければ、必ず「三帰」の儀式を行います。この儀式の重要性は、国王の戴冠、大統領の就任、党員の入党等に似ていて、内心で表現する忠誠を尽くす宣誓、懇切な承諾、渇仰の祈求、生命の新生、敬虔な皈投で、仏教はこれを極めて重要視しています。 三帰の儀式は、出家僧尼に証人となってもらい、三帰の内容を教え授かります。 「我(法名もしくは本名)、尽形寿帰依仏。 尽形寿帰依法。 尽形寿帰依僧(命が尽きるまで仏に帰依し、命が尽きるまで法に帰依し、命が尽きるまで僧に帰依する)(三回念じる) 我某某、帰依仏竟、寧捨身命、終不帰依天魔外道。 我某某、帰依法竟、寧捨身命、終不帰依外道邪説。 我某某、帰依僧竟、寧捨身命、終不帰依外道徒衆。 」 三帰の儀式は、簡単かつ厳かで、主に自己一心一意で三宝を帰投・依仰し、聖潔で堅貞な信心を得ます。 仏は仏陀、法は仏の言教、僧は仏教を広める出家者で、この三大対象の帰依から、現前の心身平安、未来の生死解脱、成仏の道の無上至宝が得られるため、三宝と称されます。そこで、仏教を信仰するのも三宝帰依と称されます。
六、仏教は世界的な宗教か? 仏教は世界的な宗教です。仏陀はある民族の保護神ではなく、仏陀は宇宙の正遍知覚者で、仏陀は宇宙に属し、仏陀の正遍覚性は、宇宙を遍満し、仏陀の慈悲の光は、一切を遍照します。そこで、仏教の本質は、世界性で至っては宇宙性です。 二千五百年余りに亘り、仏教は世界各地に広がっています。 仏教は、仏陀入滅後約三、四百年の間、仏教内部の意見不一致により、二つの大派、保守的な一派は上座部、新進的な一派は大衆部に分けられます。その後上座部は、南に伝わりセイロンに達し、インドの南方方言のパーリ語で多く経典を記録し、パーリ語系仏教と呼ばれています。大衆部は北に伝わり、直接大乗仏教を生んだわけではありませんが、大乗仏教の発生は、大衆部が盛んに行われた地域にあります。 これはおおよその区別で、仏教の史跡から考察すると、まず先に南方(セイロンやビルマ等)へ伝わり、そして、梵語の大乗仏教と続きます。最初に海路で伝わった中国の南方仏教は、大乗系です。また、北方に伝えたのは、小乗仏教の勢力というのは事実です。 大乗仏教の源は、釈迦尊の時代ですが、仏滅後、比丘僧団の重視と布教がほとんどされず、この暗流が四、五百年続きました。その後、馬鳴・龍樹・無著・世親等の収集整理と弘揚発揮により、大乗仏教が生まれました。これは、インド古代の雅語梵語に記録されており、梵語系仏教と称されます。 中国仏教の伝入は、東漢時代であり、イエス紀元初期に相当します。 中国の仏教典籍は、多くが梵語から翻訳されたものです。中国の仏教は、その後大乗が盛行しますが、小乗の経論も多く翻訳され、重要な小乗仏典は、全て中国に訳本があります。 魏晋南北朝から隋唐の段階が、中国仏教の黄金時代で、高僧を輩出し、中印交流も盛んでした。その段階において、中国仏教は開花し実を結びました。小乗大乗は、十三の宗派ができ、次第に融摂し八の大乗宗派(大名鼎鼎の天台宗・華厳宗・三論宗・唯識宗・浄土宗・律宗・禅宗・密宗)となりました。 五代以降、政治や社会環境の破壊により、仏教は文化の中心から離れ、山林に入り、僧侶は自耕自食し、義理の研究は必要でなくなりました。そこで、文字を残さない教外に別に伝わる禅宗が、最も優れています。これは、唐宋の間に、真修実悟の禅師がおり、簡素な言行で、多くの人を感化しました。しかし、ここから愚昧仏教の遠因を植え、その結果、宋明以降、仏教の僧侶と寺院は多くても、すでに魂は無く、表面だけとなりました。教育を重んじず、ひたすら型通り盲目的に修行をし、傑出した高僧はとても少なく、一般僧侶も多くの知識を持たず、自分でわからないのに、どう他人に教えられるのでしょう?そこで、僧侶の素質は低落し、儒家の排斥を更に加え、民間は仏教が理解できなくなりました。 清末期以来、楊仁山居士の努力と、太虚大師の提唱、印光大師・弘一大師・虚雲大師、欧陽竟無大師らの弘化により、中国の仏教は転機を迎え、百廃待挙(あらゆる荒廃したものを再興する)、挙不勝挙(枚挙にいとまがない)であり、過去から現在の台湾仏教、応革応興の仏教事業は、まだ初歩の段階です。 日本の仏教は、中国と高麗(高麗へは中国から伝わった)から伝わったもので、西暦六世紀以降のことです。本質から言うと、日本仏教は、中国型に属しますが、その後西洋の学問研究法に接し、新しい方法で仏学を研究しています。日本の仏教は抜きん出ており、中国を超えただけでなく、世界仏教の先端を行っています。日本の学者は、中国仏教の全宝蔵を利用し、直接梵語及びパーリ文の中から根本的な仏教の原義を探し、加えて新しい研究法が、輝かしい研究成果を生みました。しかし、日本仏教の解脱道の修持方面では、南伝各国の清浄と理想には及びません。 仏陀入滅後の西暦九、十世紀の間、インドのバラモン教勢力が台頭し、仏教は無情な破壊を受けました。仏教徒は当時の時風に合わせるため、バラモン教(現ヒンズー教)の梵大観念も取り入れ、大乗仏教に融合させました。それらの世俗迷信・民間習俗、また男女の房中術などが、清浄な仏教に混ざりました。神秘的な大乗密教が時運に応じて現れ、これはインドの第三期仏教です。しかし、ヒンズー教は仏教の多くの長所を吸収し、優れた栄養となり、仏教はヒンズー教の低級信仰を吸収し、腐敗要素となりました。 そこで、およそ西暦十世紀末後、ヒンズー教とイスラム教侵入の重なる破壊の下、仏教はインド内から消失しました。しかし、仏教滅亡後のインド国勢は、日増しに悪化し、インド人民の生活も日増しに苦しくなり、インドの領土は再度統一できないまま、 1950 年にイギリス統治下から独立しました。古代のインドは、現在パキスタンやネパール等の主権国家が多くできました。 現在のインド国内の仏教徒は、法律の保障と政府の厚遇を受けており、 1951 年以来、顕著に増加しています。しかし、 10 億人の人口に占める仏教徒の割合は非常に少なく、 10 万 8 千人から 325 万人に増えただけです。インドの衰弱は、仏教信仰との縁故だと言う人もいるため、これは重大なことです。 チベット仏教は、中国との関係は多少ありますが、主には直接インドから入ってきたものです。チベット仏教は、同様に大乗仏教ですが、密教に属し、北インドの蓮華生上師が伝えたものです。当時のチベットは、文化が遅れ、多神を信じ、神秘かつ霊験ある密教は、チベット人に深く受け入れられ、特に蓮華生本人は、奇跡を現した高僧です。蓮華生と唐代に中国で密宗を開示した三大士(善無畏、金剛智、不空)の三大大師も、龍智菩薩の門下出身です。蓮華生は、チベットの教団徒は皆赤い衣を身につけているため、紅教と呼びます。しかし、中国の元末明初の時代、紅教の生活腐敗、教綱不振により、宗喀巴大師が立ち上がり、律制の清浄生活を提唱しました。顕教の義理研究、大振宗風、徳化全蔵を重視し、黄色の衣を身につけるため、黄教と呼ばれます。モンゴル、ネパール等の密教は、全てチベット系の支流です。 仏滅度後のインド仏教は、三つの時期に分けられます。第一期は、仏滅後から三、四百年の段階で、これは上座部仏教で、今日のセイロン等地の代表です。第二期は、仏滅後三、四百年から五、六百年の段階で、大乗の顕教が発展し、今日の中国、日本等地の代表です。第三期は、仏滅九百或いは千年の段階で、大乗密教が現れ、今日のチベットが代表です。顕教は、義理の研究陳述を重視します。密教は、儀軌の遵行・呪文の持唱を重視し、特に神力の加持を信仰します。 もう一つの方法で説明すると、第一期は声聞化の仏教で、第二期は菩薩化の仏教で、第三期は天神化の仏教です。今日、第四期の人世化の仏教が必要です。 西洋の仏教で最も古いのは、ドイツのショーペンハウエル(哲学者)の思想で、濃厚なインドの色彩を持ち、ヒンズー教の《奥義書》と初期仏教の典籍が、彼の思想の源泉となっています。現在、フランス・イギリス・ベルギー・オーストリア・ソ連・アメリカ・アルゼンチン・ブラジル等の国々には、仏教徒の軌跡があります。しかし、発展上から見ると、ドイツとアメリカの仏教が最も前途があり、特にアメリカには、南伝・北伝・チベットの仏教が活動を行っており、欧米の仏教文化の内容から言うと、南伝仏教が優位を占めています。西暦 1505 年から 1947 年の間に、セイロンがポルトガル・オランダ・イギリスに占領され、セイロンの僧侶が西方布教の橋渡しをしました。大乗仏教の欧米に対する貢献は、多くは日本人の功績です。 仏教文化の輸出方面で、近世中国は他の国々よりも遥かに遅れており、チベットのラマ教は、中国内地の仏教より進んでいます。 今日のアメリカの華僑は、大乗仏教を信仰しますが、大乗の教理を知りません。 (本文は、《正信の仏教》に収録)
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