心の対話

 

前書き

1998 年 5 月 1 日から 3 日間、ニューヨークのローズランドにて、ダライラマと聖厳法師による、ミレニアムの法会、《文殊菩薩智慧法門――漢・チベット仏教世紀対談》が開催されました。この対談は、法鼓山文教基金会及びニューヨークのチベットハウスによる共同主催で、 2500 人もの来賓、中には、世界各国の異なる宗派の信徒だけでなく、比較宗教学界・教育界・心理学界・医学界等各方面の学者と専門家も訪れました。今回の盛会の目的は、世界各地の仏教徒の相互理解と共通認識の促進です。

活動の最初の二日半は、ダライラマによりチベットに伝わる智慧法門及び文殊菩薩の灌頂儀式が行われ、三日目の午後中は、ダライラマと聖厳法師の共同主宰で漢・チベット仏教対談が行われました。今回の盛会は、双方にとって初めての公式対話でしたが、お二人はこの会以前にも何度か対面したことがあります。

今回の対談の主なテーマは、いかに我々の心を浄化するかについて、また、煩悩・禅修及び開悟間の関連についてで、非常に深い内容の討論もありました。同時に、「頓教」と「漸教」の異なる覚悟法門についても話し合いました。この論題は、元々はインドのカマラシーラ大師と中国の大乗和尚が、西暦 792 年にチベットにおいて論議されたものです。今日、ダライラマと聖厳法師が口をそろえて強調するのは、この二つの修行方法は実際は衝突することはなく、 性質の違いだけといいます。

更に貴重なのは、二人の宗教指導者は、この貴重な機会を利用して、長い間中国とチベットの仏教徒の間にある誤解を一掃しました。伝統の中で、中国仏教徒は、チベット仏教は密教を重視する宗教だと思い、チベット仏教徒は、チベット仏教こそ「最も完璧」な仏教だと信じています。

チベット仏教は、一部仏教と異なる密教修行を取り入れているのは事実ですが、その根本は、「四聖締」であり、特に、仏法で最も重要とされる滅聖締及び空性等の不共義理も深く取り入れています。漢伝仏教に至っては、インド仏典の末期の翻訳が含まれていませんが、活発な方法で空性の教法を続け、禅宗を展開し、異彩を放ちました。実は、仏教史の考証によると、禅宗はチベット仏教の修定法門に大きな影響を与えたと言います。

今回の二名の宗教指導者による「心の対話」を通じて、覚悟の道は、仏教の全ての異なる宗派の共通点であると説明しました。全ての仏教徒が心を合わせて協力出来れば、仏法の慧命は、更に盛んになるでしょう。きっと世界にも平和が訪れ、「この世の浄土」を築き上げる事が出来るでしょう。

中国・チベットの二大伝承間で更なる交流と協力を促進すべく、法鼓山の東初禅寺では、 1999 年に英文書籍、「 Meeting of Minds 」を出版しました。当書籍の出版後、とても大きな反響を得ました。また、読者に更なる中国・チベットの二大仏教の伝承の智慧精華を理解していただくために、我々は、聖厳法師の<仏教が東方文化に与える影響>(法鼓文化出版の《中国仏教の智慧生活》に収録)という一文を摘出し、また、ダライラマの著作《仏教及び密乗禅定法門簡介》( An Introduction to Buddhism and Tantric Meditation 、 Paljor Publications 出版)から、一部を、本書中の一篇に引用させていただけたことに感謝いたします。

一方、数年来、法鼓山では、文庫サイズで携帯しやすい聖厳法師の弘法書シリーズを出版し、多くの人たちに正しい仏教の理解を深めていただいています。また、更に多くの人たちにお二人の精神指導者を理解していただくため、本書は法鼓山の智慧随身書の結縁書にも収録しています。

Robertand Nena Thurman 氏とチベットハウスの皆様にご協力いただき、盛大に法会を開催することが出来ました。また、法鼓山のボランティアのご協力で、盛会の成功と本書と Meeting of Minds の出版が出来ました。謹んで心から感激と祝福を申し上げます。

法鼓山智慧随身書広報部

2000 年 5 月

 

 

仏教が東方文化に与える仏教の 影響  聖厳法師著

仏教は、インドの仏陀 ( ゴータマ・シッダールタ ) が創始者であり、彼の年代は、古くは衆聖点記説により、仏滅年を紀元前 485 年とし、 80 年の寿命とされています。最初の百年余りの間、仏教文化の弘布は概ねインド国内のみにとどまりました。紀元前 323 年、マウリア王朝の三代目、アショーカ王が即位し、その 17 年後に仏教に帰依し、多数の僧侶を派遣し、世界各地に布教を始め、アジアの近隣諸国では、南方の金地(セーロン、ミャンマー)や、北方は中国まで布教しました。時は、ちょうど秦の始皇帝の時代に当 たりました 。

最古の漢訳仏経は、後漢帝永平 10 年(西暦 67 年)に、カショウマトウ ( 迦葉摩騰 ) 、ジクホウラン ( 竺法欄 ) という法師が洛陽に来た際、白馬寺にて《四十二章経》を訳出しました。更に 6 百年余りが経った唐太宗貞観 15 年(西暦 641 年)頃、漢とネパールの王女がそれぞれチベットの王に嫁いだことにより、仏教がチベットに広まりました。西暦八世紀末( 781 年)、インド僧と漢の僧による公開大論争がありました。それは、チベットのチスムデツァン王が主宰したもので、双方の残された記録を見ると、どちらも相手が失敗したと書いてあります。インドから来たのは、名僧シャーンタラクシタ ( 寂護 ) の弟子、パドマサンババ ( 蓮華生 ) で、漢から来たのは、禅宗の大乗和尚でした。その論争の勝敗とは関係なく、当時のチベット王は、敦煌に居住する曇曠僧に書面を差し出し、漢より伝わる禅宗を見落としてはいがないと示しました。しかし、西暦八世紀後、インドの密教が絶え間なくチベットに伝わり、チベット仏教の特色を形成しました。

仏教文化の展開は、大きく分けて三つあります。

(1)南に伝わるパーリ文系の上座部。

(2)北に伝わる梵語の中文訳の大乗仏教。

(3)チベットに伝わる梵語のチベット語訳の密教。

時代で区別するなら、南に伝わるパーリ文系はインド初期の部派仏教、すなわち小乗仏教、漢に伝わる梵語系はインド中期の大乗仏教、チベットに伝わる梵語系はインド末期の大乗密教といえます。

実は、この三分類の内容は、全て漢の地に伝わっていましたが、中国の漢文化の背景により、小乗仏教と大乗密教は、広まりませんでした。即ち、部派仏教の阿毘達磨(あびだるま)の煩瑣哲学は、漢地において弘揚が出来ませんでしたし、末期の大乗密教は、チベットに伝わったのと同時に、漢にも唐の玄宗時代のいわゆる開元(玄宗の年号)の三大士、金剛智、善無畏、不空の三人の僧によって、大量の密教聖典を伝え、その後、モンゴル人が中国を統治する際、チベット密教はモンゴル民族によって漢地に伝入されました。しかし、漢の文化の中に根を下ろして立脚する事が出来ませんでした。

漢伝仏教は、 1000 年ほどの時間を掛けて翻訳をされてきましたが、インド仏教の滅亡と共に経の翻訳事業も終わりました。しかし、漢伝仏教は、魏晋南北朝の三百年間に成長し、隋時代と中唐時代の期間に成熟しました。そこで、いわゆる中国仏教の大乗八宗は、全て成熟期に形成されたものです。

( 1 )隋時代の智(西暦 538 〜 597 年)が天台宗を創始。

( 2 )吉蔵(西暦 549 〜 623 年)が三論宗を創始。

( 3 )隋唐間の道綽(西暦 562 〜 645 年)および善導(西暦 617 〜 681 年)が浄土宗を創始。

( 4 )唐初の道宣(西暦 569 〜 667 年)が四分律宗を創始。

( 5 )法相宗は玄奘三蔵(西暦 600 〜 664 年)によりインドから中国に導入され、一宗の説を成したのは、彼の弟子の窺基(西暦 632 〜 682 年)。

( 6 )唐初の杜順(西暦 557 〜 640 年)、智儼(西暦 602 〜 668 年)、法蔵(西暦 643 〜 712 年)が発展を積み重ね、華厳宗を創始。

( 7 )禅宗は梁武帝の時代(西暦 502 年即位、 594 年死亡)、一代目祖師の達磨菩薩によって起こりましたが、その後、唐高宗から唐玄宗までの時代の六祖恵能(西暦 638 〜 713 年)及びその門下生の荷沢神会(西暦 668 〜 760 年)、青原行思(西暦?〜 740 年)、南嶽懐譲(西暦 677 〜 744 年)などにより完成されました。

( 8 )密宗は中国で組織化と体系化を完成し、その各種聖典を伝訳した者は、開元三代士と呼ばれる無畏(西暦 637 〜 735 年)、金剛智(西暦 671 〜 741 年)、不空(西暦 705 〜 774 年)であった。

中国漢伝仏教の大乗八宗は、隋時代から中唐時代までの 200 年の間に完成しました。その後、中国仏教の爛熟期に入り、大乗八宗の中で、禅宗のみが秀でて残っていることになりました。

漢伝仏教の訳経事業は、 1000 年も続きましたが、魏晋以前は萌芽期、南北朝時代が成長期、隋唐時代が成熟期です。その中の主要な偉大訳師は 5 名おり、西暦三世紀半ばから八世紀の 440 年の間に現れました。

( 1 )鳩摩羅什(西暦 344 〜 413 年)

( 2 )真諦(西暦 499 〜 569 年)

( 3 )玄奘

( 4 )不空

( 5 )義浄(西暦 635 〜 713 年)

前の二名は南北朝時代で、後の三名は初唐から中唐時代の訳者です。

 

教義内包に基づき弘伝の普遍化

仏教の漢化は、魏晋南北朝時代に育まれつつ、隋唐時代に至って形成されました。実は、漢伝仏教は最初、大小合わせて十三宗ありました。以上に挙げた八宗以外に、東晋時代の道生を主とした涅槃宗があり、《涅槃経》を帰依としました。鳩摩羅什の門下の僧導と僧嵩などの人は、《成実論》に基づき、成実宗を創立しました。《十地論》を帰依として、南北両派の地論宗が現れました。南派の主将は慧光で、北派の主将は道寵でした。《撮大乗論》を帰依として、真諦三蔵の弟子の群建が撮論宗を成立しました。玄奘は《成唯識論》を編集し、その門下の窺基等が法相宗を成立しました。玄奘は《倶舎論》を訳し、その門下の普光、法宝、神泰等によって、注釈が付けられ、倶舎宗が成立されました。このような五宗、各々若干違った論がなされていましたが、その伝教は長く続かず、だんだん弱まり、あるものは淘汰され、あるものは同質の大乗宗派の一段階となり、段階性の任務が終わると、衰退していきました。例えば、成実宗が三論宗に流れ込み、地論宗は華厳学派に所撮され、倶舎宗はついに唯識宗の光芒に埋もれ、涅槃宗は、天台宗による《涅槃経》の重視のため、その後それぞれ衰退していきました。

天台宗の智は、《法華》・《大槃》・《大品般若法》諸経及び《中論》・《大智度論》等により、三大部五小部等の大量作品を著し、三止三観の実践体系、五時八教の教理体系及び判撮釈尊の一代時教を築き上げた気勢が広闊で、教法の統合整理における貢献は、空前のものでした。華厳宗は、北派の地論宗を受け継ぎながら、撮論宗と唯識学派の影響を受けることにより生まれました。そして賢首法蔵(西暦 643 〜 712 年)の時に集大成され、著書に《華厳探玄記》、《華厳五強章》等の多くの書があり、全ては思想体系が謹厳に組織され、思惟が周密で、他の経典を広く多く引用しています。天台宗は性具を主張するのに対し、華厳宗は性起を主張するが、両家とも観行を提唱しているとともに、浄土信仰を主張しています。宋初に至って、永明延寿禅師(西暦 904 〜 975 年)が現れ、《楞伽経》「仏語心為宗」の禅宗立場、また《華厳経》の角度で、大小諸宗を融合させ、いわゆる性相合流は、「頓悟成仏」から「一念成仏」の禅浄双修となり、百巻もの大書《宗鏡録》を完成させました。これらはすべて漢伝仏教史において、幾度もの結集があってこその結晶と窺われます。明末に至り藕益智旭(西暦 1599 〜 1655 年)は、永明延寿の余緒を継いで、性相融会も主張し、天台性具・唯識法相・禅宗・律宗を統合し、浄土に回帰するようになりました。また、全体三蔵の聖典を統合し、《閲蔵知津》を執筆したことは、一種の聖教の結集ともいえるでしょう。仏教文化が、武力や経済力の脅しや利の誘いを受けず、純粋に、その教義内包に基づきアジア諸国で広く布教され、今では西半球の欧米人にも歓迎されるように至ったのは、仏教の順応力の強さとその高い融通性にあり、どのような状況に出会っても、常に無我を保ち、空と有、また、解脱・入世・出俗・隋俗も講じるからです。特に、仏法は世法に背かず世の中を浄化し、仏教徒の弘法は自己の名聞利養や権力地位のためでなく、この中の大衆の煩悩の離苦と、解脱の楽を与えるためにあり、人に奉献の機会を望むだけで、人と争ったりすることはありません。そこで、中国に伝わってから、儒道二家の固有文化に対し、常に肯定の立場に立ち、人天善法と称します。これも仏法の共同基礎です。

これは大乗仏教には、四依の教誡があるからです。そこで、仏陀の人格の崇拝、仏語神聖の待遇、更にある特定の歴史人物を神格として信仰することを強調していません。仏が《阿含経》にすでに言及されているように、仏は法を尊重し、縁起思想は法の重点で、縁起法は人に空性を悟らせ、無明の煩悩を解く事ができるので、「見縁起即見法、見法即見仏(縁起を見れば即法を見、法を見れば即仏を見る)」となります。四依とは、《維摩経・法供養品》、《大般捏槃経》巻六、《大智度論》巻九等で見られる通り、( 1 )依法不依人(法に依って人に依らざれ)(2)依智不依識(智に依って識に依らざれ)(3)依義不依語(義に依って語に依らざれ)(4)了義経不依不了義経(了義経に依って不了義経に依らざれ)です。この四依において、「依法不依人(形で判断せず、心を観よ)」が最もよく用いられ、普遍的です。

「依法不依人」である以上、仏法の立場と原則に相応するものであるならば、仏法にせよ誰かの説く道理にせよ、全て仏教徒によって認められます。特に、大乗仏法の観点から言うと、仏法は、( 1 )人(2)天(3)声聞(4)縁覚(5)菩薩の五つの段階に分ける事が出来ます。人天善法は、五乗に共通する教法で、声聞と縁覚は小乗と呼ばれますが、それはまた大乗菩薩の基礎でもあります。そのため、仏教がある民族文化の中に伝わっても、当地の元々の文化を排斥することはなく、逆に当地文化に対してそのレベルを高め、内包を豊かにし、それと結合・融合し、当地文化に新しい生命力をもたらすことができます。この点は、仏教が中国の漢とチベットの両文化圏に伝わり、生まれた力で、十分に証明することができます。更に、中国の大乗仏教はその後韓国や日本などの国まで伝わり、その国々の新しい文化となったことからも確認できます。

中国は、大乗仏教の第二の母国であり、大乗仏教が中国において立脚し根を下ろし、発展成長し、中国文化の内包を豊富にさせ、中国文化も仏教の転換を促して成就し、互いに因果をなし、共に成長してきました。仏教の布教により、インドと西域の文化は中国民族に吸収・同化・革新されてきました。当時、中国人が伝来の仏教文化への渇仰は、ちょうど現代人が欧米の科学技術文明への傾きと似ています。中国により仏教が消化され、その後、韓国と日本にも伝わり、この二カ国の文化の内容も充実させてきました。

 

人々に注目され新領域となった仏教学

中国での仏教は、宋・明の時代になると、衰退していきました。儒家の排仏運動により、仏教の人材が現れず、明末・清朝の初期になって、若干名の僧俗が、仏教を復興させましたが、仏教の思想面までは創新することはできませんでした。中華民国初期(中華民国元年は 1911 年)、全中華民族は西洋の科学技術・文明、及び民主思潮の衝撃を受け、また時代の革新運動を巻き起こし、数名の僧俗の先駆者が呼応しました。例えば、太虚大師が教制と教理の改革を呼びかけ、支那内学院の一班の学者が唯識学を復興させ、印順法師が仏学の焦点をインドの中観学に回帰させ、若干の学者が日本の現代仏学を紹介し、若干の学者が南に伝わるパーリ文蔵経を選訳し、また法尊法師等の人がチベット仏学を訳し、文革前後の時代に、一部の知識分子が唯物史観の角度から中国仏学を征伐しました。また、熊十力を始めとする学者が新儒学の立場に立ち仏学を批判しました。しかし、正面から仏学の道理を説くにしても、反面から仏教を検証するにしても、仏教が現代人に研究されていることは事実です。また、多種多様の角度から仏教を研究・検討する人がいるということは、仏教に反省と新生の機会を与えると言えます。

現在までのところ、漢伝仏教・チベット仏教・南方仏教の三仏教の間に、互いに相互来往するルートを持っており、そこで互いの長所を学び各自の短所を補えることを望んでいます。恐らく、大半は自分の長所ばかりを強調し、他宗の長所を否定するようなことはしないでしょう。学術の交流は、古いしきたりに閉じこもって進歩を求めようとしない態度、身の程知らずな態度を減らすことができるとともに、随時、湧き出る泉水を導入し、各自の苗木畑を灌漑できます。さもなければ日に日に枯れしぼみ、滅亡の危機に直面するかもしれません。

今日の仏教は、国際間においては、人気のある学説ではありませんが、注目されない学問でもありません。仏教徒の教育環境と教育修養が普遍的に高まっている上、東洋・西洋の科学家・哲学家・文学家・宗教家の中で、仏教経論を読む人も少なくありません。仏教団体で大学や大学院を創設するばかりでなく、一般の著名大学でも仏学課程を開設しています。そのため、漢・チベット・南方仏教が互いに交流しあうだけでなく、他の宗教とも交流しています。私本人も常にこれらの対談会に出席しております。また、私に「中国仏教と後現代主義」のテーマで講演を依頼した大学もあります。このようなことから、 21 世紀には、仏学も世界の人々に注目される一大新領域になると断言できます。

(原版は《漢伝仏教の智慧生活》に収録)

 

 

「仏教徒密乗禅定法門」紹介 ダライラマ 14 世著

本篇では、チベット仏教の体系と修行について紹介します。本章で述べられる内容は、全て根拠があり、根拠のない自作ではありません。我々はこれらの教義を、ある情報として見るべきでなく、それを内心浄化と見なし、迷いから悟りを開く秘訣とするべきです。そうすることによって始めて本章の教義は、皆様に実質の利益をもたらします。

仏教がチベットに伝わる前、そこではボン教が盛んに信仰されていました。現在も、チベットには数箇所のボン教研究センターがあります。元々、ボン教の内容はかなり粗末で、その後仏教の影響を受けて豊富な内容となりました。西暦 8 世紀頃、チベットの王、 King Lha-Tho-RiNyen-Tsen により、チベットに仏教が取り入れられ、それ以来安定した布教を行うことができ、多くのインド学者大師がチベットに訪れ、仏経・密読・論注を翻訳しました。

西暦 10 世紀、仏経を信じないチベット王、ランダルマが甚だしく仏教を迫害しました。幸いに、この災難の期間は長く続かず、その後、仏教は急速に、後チベットと前チベットで復興と布教が始まり、インドとチベットの学者もまた仏典の伝訳作業に忙しくなりました。その後、チベット本土の仏教学者はますます多くなり、インド出身の学者はゆっくりと減少していきました。

このように、チベット仏教の後期の発展は、インド末期の仏教宗派の影響を受けませんでした。しかし、チベット仏教は、依然として仏陀の基本教理を保っています。しかも、その中心思想は、チベットのラマ教により変質も増加もなく、彼らの著作にははっきりと論著であることを表記し、彼らも仏陀の教義或いはインド学者の著作を根拠にしています。したがって、チベット仏教は、元のインド仏教と全く異なるとか、それはラマ教だとか言いますが、私はどちらも正確でないと思います。

 

四聖諦

仏陀は言います。「四聖諦とは苦諦・集諦・滅諦・道諦のこと。」また、「知苦・断集・証滅・修道。」また、「知苦、実際に知ったことがない。断集、実際に断ったことがない。証滅、実際に滅んだことがない。修道、実際に修行したことがない。」これは、本質・功行・道果という四聖諦の三つの異なる内包となります。

西暦 3 世紀、インドのナーガールジュナ(龍樹)菩薩が中観思想を宣説し、その後、大乗各宗派が全てこの思想をその中心教義としました。中観思想は我々をこう教導します。「苦」は生死輪廻から来るもので、生死輪廻は、愚迷の因が生んだ果報であり、「集」の意味は業力と愚痴で、それらも「苦」の真の原因です。いわゆる「滅」とは、上述で言われる苦と集の完全なる消滅で、「道」とは「滅」を達成する正道なのです。

 

小乗

涅槃を証明したければ、我々は四聖諦のこの正道に従う必要があります。大乗・小乗の区別は、この正道に対する見解の違いにあります。小乗仏法を修行した人は、自己の解脱のみを願います。小乗仏教の説法に基づくと、修行者は、生死苦海から離脱した出心を鍛え上げなければなりません。小乗の修行者は、持戒以外に、同時に禅定と慧観を修習すべきです。これにより始めて、愚痴とその種を完全に取り除き、涅槃に達する事ができます。その修行の段階は、資糧位、加行位、見道位、修道位、究竟位の五位に分かれます。

 

大乗

大乗の修行者の最終目標は、涅槃の最高段階に達すること、つまり成仏です。また、それは自分のためだけでなく、全ての衆生のためでもあります。大乗・小乗の修行径路は大体同じですが、大乗の修行者は、菩薩を求める以外に、慈悲で衆生を救済することにあります。そのため、六波羅蜜等のその他の方便法門も修持しなければなりません。これらの方便法門は、無明と業障を除くために用いられ、それにより成仏します。大小二乗の修行は、同様の五位(資糧・加行・見通・修道・究竟)に従いますが、一実質上、発心して衆生に利益を与えることを強調することに違いが見られます。聞くところによると、一人の小乗修行者が涅槃に達した後、彼は終に回心して大乗法門を修行することにより、成仏すると言います。

 

密乗

初心の発心者は、必ず上記の大小二乗の教義と法門に従う必要があり、基礎を作りさえすれば、一歩進んだ密乗の修行ができます。いわゆる密乗とは、瑜伽行法です。チベット教派は、いかなる密続教理を導入する際、常にとても慎重です。阿闍梨 ( あじやり ) は、いつもそれが仏説なのか検証し、具格のパンディタは、因明の論証を通してそれを分析します。その他にも修行の体験を通し、その信頼性を確認後、採用を決めます。多くの外道の密法は一見似ており、玉石混交を避けるため、この種の検証の過程を必要とします。

密乗は四部に分かれておりますが、その典籍は極めて多く、一つ一つ列挙することは不能なので、簡単に紹介します。前で述べたように、悪業は我々の受苦の原因であり、悪業は愚痴からくるもので、愚痴は調伏し難い心から来るのです。そのため、我々は自心の調伏の練習を鍛練することに従事すべきで、邪念や妄想などを断ちます。観心の専念に頼り、これらのまちがい迷った考えなどを阻止し、散乱縁慮の心もなくなります。

まちがい迷った考えを減らす方法があります。それは、ある一つの外境に集中することです。ただし、これはとても強い観想力が必要です。仏菩薩像が最適な観想の対象と見られているため、密乗では各種の菩薩像が盛んです。いくつかの状況においては、修行は強靭な信仰と敬虔に頼り進歩できますが、一般的に言えば、修行は、正知見の力量に頼ることで初めて進歩が可能なのです。密乗の出世法門に基づいて修行するなら、正知見自身も、堅固な信念を引き起こすでしょう。

 

仏教の修行法門の概説

表面上の改善(例えば、出家や経書を読むなど)だけに頼って、修行の成就はありえません。これらの行為自身は、宗教精神を備えるのかどうか、全く肯定的な回答はありません。なぜなら、宗教とは内心の修行だからです。もしもある人が正しい精神を持っているとしたら、彼の一切の身と口の行為は宗教相応のものになります。これに反して、もしもある人が正しい精神を持っていなければ、言い換えれば、いかに正確な思考を知らなければ、出家しても一生経書を読んでも、何事も成功しないでしょう。そのため、仏を学ぶ第一要件は、自己の心念を転化すべきということです。そこで、我々は、仏・法・僧の三宝に帰依し、因果を深く信じ、利他の心胸を育て上げるのです。

現世の利益を真に手放すことができる修行者は、歓喜心に満ち溢れているはずです。多くのチベット仏教の修行者は、このような捨離世法のため、形容し難い心身の満足を得ますが、このように世俗を手放すのは、とても大きな犠牲を必要とし、一般人にはできないことです。では、一般人はどのように修行すべきなのでしょうか?「諸悪莫作、諸善奉行(もろもろの悪をなすなかれ、もろもろの善を行え)」、もしもこれによって修行の基礎ができるのなら、一人の在家居士も必ずや解脱することができます。このような言葉があります。「真剣に修行しない人は、仮に深山の廟宇に隠れ住んでいても、地獄の業を造作するにすぎない。」

ある昔話があります。話の中に一人の高僧、 jBrom − ston − pa (ラマ名)がいました。ある日、仏塔を回りながら経行をしている人を見て、こう言いました。「仏を回って経行をするのはいいことです。しかし、仏法を修学することは更に良いことです。」この人は、話を聞いて、自分で推量しました。「出来るだけ早く仏経を探し、唱えるのが一番いいだろう。」そこで一生懸命読経を始めました。ある日、高僧はまた彼に出会いました。「仏経を唱えることは良いことです。しかし、仏法を修学するのは更に良いです。」この人はこう思いました。「仏経を唱えるだけでは、まだ良いとは言えないようだ。なら、座禅を組もう。」間もなく、高僧は彼が座禅を組むのを見て、こう言いました。「座禅を組むのは良いことですが、仏法を修学するのは更に良いです。」この人ははっきりわからなくなり、「一体どうすれば、仏法を修学すると言えるのですか?」「世間法に対して出離の心を生む」のだと高僧は言いました。「生命を投入して仏法に取り組みなさい。」

以下は三増上学(戒・定・慧)で、本章をまとめます。

 

戒増上学(戒を守ることにより菩提心を増上する学)

戒には多くの異なる段階がありますが、全ては十の悪業を断つことを帰依とします。

十悪業の中に、身業が三項、口業が四項、意業が三項あります。

身方面に属する三悪行:

( 1 )殺生:殺人から最小の虫蟻を殺すこと、直接・間接の殺生に関わらず、全て含まれる。

( 2 )窃盗:一般に、許可なしに他人の財物を取ること、直接・間接・価値の高低と関係なく、全て含まれる。

( 3 )邪淫:一般に、姦通や不正の性行為は、全て含まれる。

口方面に属する四悪業:

( 1 )妄言:他人に間違った提案・情報・支持を与えること。

( 2 )両舌:元々調和の取れた団体の仲を裂く挑発をしたり、既に分裂した団体を支離滅裂にすること。

( 3 )悪口:悪口を言って人を傷つけること。

( 4 )綺語:下品な冗談を言うこと。

意方面に属する三悪業:

( 1 )貪欲:他人の物を貪り求めること。

( 2 )瞋恚:他人に危害を加えること。

( 3 )悪見:輪廻・因果業力・三宝諸教理に対して、疑いを持つこと。

 

定増上学(定を修めることにより菩提心を増上する学)

定増上学は、修行者が一つの境上に心を集中させ、それによって奢摩他を達成させます。定の方法は、心でゆっくりと六塵と念慮を放し、さらにそれによって心を不動・安定・安静させることを含めて言います。これにより、心はとても容易に任意の功徳善法の観想に集中します。

このような段階に達するには、多くの事前条件を備える必要があります。弥勒菩薩の説法に基づいて簡単に言えば、一人の修行者は五過失を回避し、八断行を修持する必要があります。

回避すべき五過失:

( 1 )懈怠:禅修でだらけた態度を持つ。

( 2 )忘念:禅修で集中すべき対象を忘れる。

( 3 )昏沈掉挙:通常、貪欲によって生じる。

( 4 )不作行:昏沈掉挙が防止できない。

( 5 )作行:昏沈掉挙を治す方法が激しすぎて、逆に人を散乱させる。

修持すべき八断行:

( 1 )信心:禅定の功徳を堅く信じ、自身が過失に気付く能力。

( 2 )欲求:非常に強い心願と能力による禅修。

( 3 )精勤:恒心と歓喜の心を持ち修行する。

( 4 )軽安:心身ともに楽にする。

( 5 )正念:注意深く慎重に禅修所縁の対象に注目する。

( 6 )正知:いかなる怠慢さや上調子な傾向に気付く。

( 7 )作行之思:雑念の心を察する時、直ちに収める。

( 8 )行捨:心を収める目的が達成された後、心身をリラックスさせる。

定を修める九段階(九住心):

( 1 )内住:心を禅修所縁の対象に注ぐ。

( 2 )続住:一生懸命努力し、怠らず、更に深く長く専心する。

( 3 )安住:心にいかなる雑念が起きたら即察し、対象に心を統一させる。

( 4 )近住:集中する対象の全ての詳細部まで、小さなことまで見逃さない。

( 5 )調伏:禅修の功徳を体得し、更に精進する。

( 6 )寂静:禅修でのあらゆる良くない感覚を取り払う。

( 7 )最極寂静:微細な雑念を除き、心定に達す。

( 8 )専注一境:禅定を極致まで修持する。

( 9 )平等住:思い出や意識の助けに頼る必要はなく、禅定にとどまる。

 

慧増上学(知恵をもって菩提心を増上する学)

慧増上学には以下の二種類の智慧がある:

( 1 )世俗智:即、諸法の相対分別相の智慧を了知する。

( 2 )勝義智:即、諸法の絶対真如性の智慧を了知する。

他にも一つの智慧がありますが、ここで簡単に説明しましょう。この智慧は、道徳上もしくは心理上の煩悩や、思惟の分別で起こる全ての煩悩を断つ事ができます。この智慧こそ、空性を了知できる智慧です。

 

空性

空性、これは全ての物事と現象の究竟実相です。空性は、仏の力量から影響を受けず、また、衆生の業果によって起こったりしません。空性は、自ずと存在し、一切の物事に存在しています。そのため、一切の法の本性は皆空といえます。経にはこう書かれています。「仏陀が世界に現れようが現れなかろうが、空性は一切の物事の本性であり、絶対的で不変のものです。」空性は、永久不変の実我を否定し、独立の存在も否定します。

 

 

漢伝・チベット仏教対談

ダライラマ 14 世  聖厳法師

 

聖厳法師:仏経が中国に伝わったのは二世紀頃で、チベットに伝わったのは七世紀ごろから八世紀までとされています。その差約四百年から五百年ありますが、この過程で、インドから漢訳を通して中国に伝わった経論の大部分はチベットにもあり、一部はチベットにはありません。しかし、チベットで翻訳された聖典は、漢訳されていないものも少なくありません。

漢伝仏経の訳経作業は、千年余りの輝かしい歴史があり、発展は非常に盛んで完璧なものでした。早期・中期のインド仏教のほとんどの経論は、漢伝仏教にありますが、末期のインド仏教の経論は漢地にないのではなく、とても少なく、一大部分はチベットだけに伝わったのです。

私は、漢伝にはあるいくつかの論典は、チベット仏教にはないことを知っています。例えば、《大毘婆沙論》、《大智度論》、《成唯識論》などです。他に、律蔵(毘奈耶)部分について、部派仏教時代には合計 20 の部派があり、それぞれの部派の中には、ほぼ部派毎の律蔵があります。しかし、漢伝では律蔵からの翻訳は 4 部派のみで、私はチベット仏教の律蔵が一切有部だと推測します。また、恐らく一部分は、漢伝にはあり、チベット仏教には翻訳されていないかもしれません。

二つの異なる伝承の中で、漢文化には自己の思惟の方法と文化背景(例えば儒家や道家の背景)があり、チベット文化にも元々の背景(ボン教)があり、この二地域の文化背景が異なるため、発展した仏経はだんだんそれぞれの特色を持つようになったのです。

長い間、交流と行き来が比較的少なかったため、お互いを批評するようになり、漢伝仏経は、チベット仏教は迷信で、チベット仏教も漢伝仏教はほとんどがだめだと思っています。

実は、漢とチベットの両系統の仏教は、本来は同じ母親から生まれた二人兄弟が、その後、分家したようなものです。当世、兄弟が再び集まり、お互いに励ましあうべきです。この二日にわたる法会を聞き、私は、チベット仏教は非常に内容があり、特に教理の段階組織はとても厳密で、修行段階もとても謹厳だと思います。

ダライラマの開示は、人々にチベット仏教は非常に豊かであると感じさせますが、とても難しいようです。まずは顕教の思想体系をはっきり理解した上出始めて、金剛乗を学び、成就することができます。

 

ダライラマ:この機会に聖厳法師と会談が出来て非常に嬉しく思います。 1997 年に聖厳法師と初めてお会いした後、何回か対面したことがありますが、今日は、初めて中国の禅宗の阿闍梨との正式な対談ですが、世界の宗教間で、類似した対談が行われることは非常に重要だと思います。これにより、皆さんもお互いの学習と各宗教の主要教義と観点の良さを知る事ができます。これは特に仏教の各宗派にとって非常に重要です。なぜなら、我々は皆本師釈迦牟尼の弟子だからです。

 

聖厳法師:現在、私は中国仏教の簡単な説明をしたいと思います。いわゆる中国の仏教とは、インドから漢地に伝わってきたもので、漢伝後に再発展し、十の宗派に分かれました。その中の八宗派は大乗で、二宗派は小乗です。

大乗仏教のうち、直接インドから伝わってきたものは、中国では、三論宗・唯識宗・律宗の三宗派を形成しています。

中国は漢文化の影響を受け、インド仏教を改めて組織したものには、天台宗と華厳宗の二つの大宗派があります。この二つの宗派の教義部分は、非常に厳密な組織と次第の分析があり、修行の次第に対して、厳密で謹厳な展開があります。

 

天台宗と華厳宗の精華を吸収した禅宗

しかし、この両宗派共、インド経典と論典から来ています。時間に限りがあるため、この両宗派の詳細を説明できませんが、簡単にこう言えます。天台宗の開宗祖師の智覬大師は、ナーガールジュナ菩薩の真俗二諦観を、天台の空假中の三諦観に発展させ、それに、止観修行の次第を厳格で系統ある組織に作り上げました。天台宗のいくつかの修行法門とチベット仏教の道次第( LamRim )教義がかなり近いです。

華厳宗では、一切の物事は平等・互融・互撮だといいます。華厳宗の主な教義は四法界です:

( 1 )小乗の教理が顕われた事法界。

( 2 )唯識と中観の教理が顕われた理法界。

( 3 )《維摩詰経》などが顕われた理事無碍法界。

( 4 )《華厳経》が顕われた事事無碍法界。

このことから、華厳宗は確かにインド仏教の各宗派の融合といえます。

天台宗の禅観と教義の上に、華厳宗の教義と禅観が加わり、禅宗が成熟しました。それはつまり、禅宗と華厳宗及び天台宗は関係があり、この両宗派の精華全てを吸収し、禅宗の内容となったのです。

しかし、禅宗は形成してからずっと変化ていしないということではなく、だんだんと中国の主要な宗派となっていきました。

禅宗の主要経典は、《楞伽経》であり、その内容は、唯識も如来蔵もあり、天台宗は《法華経》を主とし、依拠する論典は、《中観論》です。華厳宗は《華厳経》が主ですが、《大智度論》と《十地論》も用います。しかし、以上これらの宗派は必ず《阿含経》と阿毘達磨から離れることはありません。また、禅宗の最主要の経典は、三部あり、それぞれ《楞伽経》《金剛経》《維摩詰経》となっています。

 

《六祖壇経》が中国仏教思想を統合

しかし、中国文化は従来繁雑を好まず、簡単を好みます。それは、禅宗の最重要な聖典の一つである六祖恵能の《六祖壇経》に反応しています。この経典は全ての仏教思想を統合しています。

中国禅宗の最も偉大な祖師は恵能ですが、恵能はどう悟りを開いたのでしょうか?《金剛経》中の言葉、「応無所住而生其心(応に住する所無うして其の心を生ず)」を耳にしたからです。《金剛経》は、主に菩薩心と空性を発することに触れています。《楞伽経》は主に如来蔵について触れており、我々は人々は皆如来蔵を持っていると信じ、全ての人は己が成仏できると信じるべきと言います。また、《維摩詰経》は主に、我々が真に開悟を求めるなら、必ず分別心と執着心を手放す、すなわち煩悩心を放すべきだと告げています。煩悩を破ること、即ち煩悩と分別から離れる、即ち全ての所知障・煩悩障から離れ、執着を放せば、煩悩と菩薩は平等、生死と涅槃は平等、善と悪は平等、もくろみを持たず、仏と相応することになります。

昔、禅宗の初祖である菩提達摩が、二祖の慧可大師を済度した時、慧可は達摩菩薩に安心の方法を与えるよう願い出ました。心中にはとても多くの煩悩があり、安住できなかったからです。菩提達摩は全く方法を提供せず、こう問うただけでした。「その安じない心を探してみよ、探し出せれば私が貴方に替わって安ずる。」

実は、これこそ文殊師利菩薩の智慧であり、経典の中にはこの話があります。ある人が文殊菩薩に聞きました。「貴方は三世一切諸仏の老師です。貴方はいつ成仏したのでしょうか?どのくらい修行したのでしょうか?」文殊菩薩は、「私は貴方に聞きます。このような問題は貴方はどのくらいの時間をかけて聞きたいのですか?」と、おかしく答えました。

実は、禅宗は人に開悟を説きますが、必ずという方法はないのです。主にすべきなのは、貴方が自分の煩悩が一体何かを探すことです。インド初期の修行方法は実際とても難しく、まず五停心の数息観から始め、それから尋・伺・喜・楽の段階を通り、その後、次第の禅定に入る事ができます。そして四念住に基づいて修行し、暖・頂・忍・世第一を通ることにより声聞初果を証果します。この点から見て、成仏するのは実際に本当に容易ではありません。しかし禅宗ではどうするかというと、貴方はすぐに思索せず、妄心が生まれたら、それは何かをすぐ探してみることを教えます。探せなければ、自然に空性が理解できることになります。

そのため、怠惰な人が禅宗を修行するのが一番だと思っている人がいますが、実はそうではありません。禅宗も戒律を講じますし、定と慧も講じます。もし心も行為も清浄でなければ、まず別の別解脱戒を持する必要があり、持戒から始めなければなりません。また、本当に禅宗を学びたいなら、必ず菩薩心を発しなければなりません。そこで、菩薩の三聚浄戒を授持する必要があります。

 

浄戒を持し善法を修め衆生を済度

三聚浄戒とは、「一切の悪を止め、一切の善を修し、一切の衆生を済度す」もしくは、「一切の浄戒を持ち、一切の善法を修し、一切の衆生の済度を願う」です。実は、私はこの三聚浄戒は、ダライラマが話したツォンカパの聖道三要である出離心、菩薩心と空性と同様です。

もしも、すでに仏性が見られ、煩悩を解脱したならば、行為は有形の拘束を受けません。禅宗の百丈禅師の例では、彼は大小乗の戒律に背かないし、大小乗の戒律に拘束されることもありません。

禅宗の講じる定とは、空性の智慧と完全一致しなければならず、これこそ正定といえます。それは次第を重視しない代わりに、特に智慧を重視します。空正の智慧が発起されたなら、それが真正の定であり、さもなければ、貴方が大定を得たとは認めません。つまり、即定即慧で、定慧は均等です。

どう修行するのでしょう?簡単に言えば、信仰心がとても重要で、我々衆生は皆仏性を持ち、全てが成仏する事ができるという仏陀の言葉を信じることです。とのことです。

もしも、すぐに無分別心が出来るなら、すぐに開悟も可能かもしれません。例えば、釈迦牟尼仏の時代、多数の阿羅漢は、仏の言う言葉のみを聞き、すぐに阿羅漢果を証果する事ができました。《阿含経》の中に、このような例があります。ある人が仏を見に行き、釈迦牟尼仏は彼にただ一言を言いました。彼はすぐに阿羅漢果を証果しました。禅宗にも経文の一句を聞いてすぐ開悟した六祖恵能がいるのです。

しかし、一般人は出来ないなら、基礎から始めると良いです。まずは、体をリラックス、次は、頭をリラックスさせます。数息法を用いても、用いなくても結構です。曹洞宗の黙照禅のように、座禅を組むだけでいいというような感覚です。それから、心が何を考えているかに注意し、心を安定させた後、絶観を修する方法が一番です。絶観というのは我々に四大と五蘊から離れ、心・意・意識から離れることを言います。ここまで達した時、一体自分がどうなっているか見てみてください。

簡単に言うと、これは貴方が外境か内境に直面する時、心中の念頭や心外の物事と関係なく、全てに対しその名前を与えず、形容も比較も思索もしません。

多くの人は開悟のことを話したがり、古代禅師が棒で頭上を一打すれば、一喝する悟境に達せるとでも思っているようです。しかし、多くの人は何が「一喝」だかよくわかっていません。例えば、怒鳴ったり、叩いたりして、妄想や煩悩を一時的になくし悟りを開こうとすることだと思っています。実は、これはただ分別や煩悩がある時や、攀縁や執着が非常に重い時に、禅宗ではこの方法を用います。突然叩いたり怒鳴ったりするのは有効ですが、しかしこれは開悟とはいいません。

もしもこの方法が効果が無かったり、容易でなかったりするなら、曹洞宗以外に、臨済宗の方法があります。「誰が攀縁や乱想をしているのでしょう?」「誰がこれらの習気や無明を持つのでしょう?」「誰ですか?一体誰ですか?」絶えず聞きます。問う際、これらの無明・煩悩・習気をだんだん無くしていきます。しばらくの間、何も起こらなくなり、その後一喝を入れるのが、有効的かもしれません。

 

この世の浄土を建設する

これらの原則により、私は「この世の浄土を建設する」運動を推進し、この世の仏国浄土の出現を望んでいます。これは、心から、その後、行為の清浄をします。心身清浄の後、周りの人を影響し、次第に影響力を拡大し、他の人達は心も行為も清浄させます。それで、仏国浄土が我々の世の中に出現するのです。

しかし、心の清浄は容易ではありません。真の清浄は少なくとも空性の智慧を実証した後に始めて煩悩がなくなり、清浄が可能になるのです。しかし、私達は失望することはありません。修行とは必ず平凡の人、煩悩のある心から開始するのです。もしも煩悩の心がなければ、我々はとうてい修行できないのです。

天台宗では、現在のいかなる念頭にある心は、実は、十法界のいかなる衆生の心と、完全に通じ合っていると言います。我々はすぐに空慧と相応ができませんが、煩悩と相応することのないようにするとか煩悩を現行しないようにすれば、いつも煩悩に暮れているよりはましだと思われます。

煩悩を治めるには、煩悩を知り、煩悩を認め、煩悩を断つという三段階があります。煩悩の存在を知るだけでもいいです。最初は、煩悩の存在を知ることから始まり、その後は煩悩を認め、それで最後に煩悩を断つ事ができるのです。煩悩の存在がわかれば、すでに清浄心と相応していると言えるのです。

ですから、我々は煩悩の存在を察すれば、すぐにそれを手放します。辛いと感じたり、後悔したりする必要はありませんが、改進・修正をする必要があります。話頭を参究する方法を取ってもいいですし、呼吸に注意してもいいですし、自己の妄想・煩悩を簡単に起伏させないようにします。この時、貴方の心と清浄の仏性に相応しているのです。

仏法では、もしも一念の心が清浄すれば、この一念の間は、仏と相応しく、即ち仏だと考えます。これは《法華経》の中で説法される如く、もしある人が寺院に入るなら、一句の南無阿弥陀仏を念じる事ができ、この人はすでに成仏したと言います。しかし、これは因地の仏で、果位の仏ではありません。

全ての人がこの事実を承認できる時、少なくとも我々の行為は非常に多く改善でき、我々の世界は仏国浄土になったといえます。

 

ダライラマ:この正式な会談に先立って、我々の個人的な会談の中で、聖厳法師がかつて 6 年間篭り修行を行ったと伺い、非常に感服いたしました。現在貴方の禅宗の教義に対する論述を聞き、私は、一人の経験豊富な大修行者の智慧の言葉を聞いていることを深く感じました。全ての人が、仏法の知識を理解することはもちろん重要ですが、更に重要なのは、仏法の知識で着実に修行することです。

法師の禅宗の教義を伺いながら、いくつかの問題を書きました。まずお聞きしたいのは、恵能大師は何世紀の方でしょうか?

 

聖厳法師:八世紀(西暦 638 〜 713 年)です。

 

ダライラマ:なぜ私がこの質問をしたかというと、歴史上、チベット仏教の起源と発展と、禅宗がつながりがあるからです。ツォンカパ大師が、チベットの禅宗頓教を布教した際、激しい批判がありました。チベットでは、禅宗とインドから伝わった仏教の異同対比に対し、とても大きな論争が起こりました。

しかし、チベット仏教の初期、ティソン・デツェン王の時代、サムイエ僧院をいくつかの僧院に分け、各僧院に異なる宗派が置かれました。ある僧院には、密宗の師が、他の僧院には訳経師とインド学者が、また他の僧院は禅院と呼ばれ、一名の中国の「和尚」法師が居住しておりました。サムイエ僧院は八世紀に建てられ、この時、ちょうどシャーンタラクシタ大師とカマラシーラ大師の二名の大師がチベットにて仏教を布教している時期でした。

シャーンタラクシタ大師がサムイエ僧院に特別に中国の禅師に空間を与えたというなら、彼はきっと禅宗を歓迎していたはずですし、チベット仏教においてとても重要な一部分だったのでしょう。しかし、シャーンタラクシタ大師の弟子のカマラシーラ大師の時代になると、その時チベットでのいくつかの禅宗行者が弘揚していたのは、始めの教理と幾分出入りがあり、修行にも、哲学の立場においても、彼らはいかなる形式の心念を強く排他・拒絶したことに対し、カマラシーラ大師が否定してきました。そこで、私の見解では、二種類の異なる派別の禅宗がチベットに伝わったように見えたのです。

 

聖厳法師:中国の和尚の問題に触れていただいたことに感謝します。この話から、カマラシーラ大師の時期の大乗和尚は禅宗を代表する資格がないようです。敦煌石窟の発掘時の多くの仏教関連の文献の中から、学者は類似した事跡の記載を発見しました。一人目の中国和尚がチベット仏教に対して、特に禅修方面ではとても大きな影響があり、優れていたようです。

 

ダライラマ:チベットでは、一人目の中国和尚は人々に歓迎され、二人目の和尚は、論争で負けてしまったようです。

 

聖厳法師:ですから、今は、私の身の上で問題は発生していませんが、私の次の世代はまた負けてしまうか、それはわかりませんね。

 

ダライラマ:チベット人の観点から見て、我々は一人目の中国和尚は歓迎しますが、二人目の中国和尚の信徒には、「さようなら」と言うほかありません。

今後、我々が中国の法師に出会う時、彼が一人目の中国和尚の信徒であれば、歓迎しますが、彼が二番目の中国和尚の信徒であれば、やはり、「さようなら」と言うでしょう。

私個人としては、頓悟と漸修の二つの法門はいかなる衝突も矛盾があるとも全く思いませんが、頓悟の法門が全ての人に適するとは思いません。いくつかの特殊な状況において、頓悟の法門から更に多くの利益を受けている人もいるかもしれません。しかし、大概言えるのは、多くの人に対して、漸修法門の方が適しているかもしれないということです。

 

聖厳法師:おっしゃる道理に私も賛成します。しかし、みなさん誤解しないで下さい。知識を持つ人こそ利根あるいは善根の深い人で、知識を持たない人はその逆だと考えるのは間違いです。中国禅宗の六祖恵大師は、最も良い例で、彼の知識は決して高くありませんでしたが、彼こそ最高の禅師と言えます。

仏が存在する時代、周利槃陀伽という弟子がいました。彼は最も頭の悪い弟子でしたが、阿羅漢果を証果しました。彼は、掃除と靴磨きの方法で、悟りを開き、阿羅漢果を証果しました。

 

ダライラマ:ここではっきりさせたい点は、仏教はとても智慧を重視するものです。聡明と頭の回転の速さと関係するようですが、実は、聡明とは、仏法の説く智慧とは決して等しくないのです。仏教経典の中には、聡明な人は事を極限まで分析しますが、先を見通すことができず、小賢しいだけの人もいると言います。智慧は、聡明を含めるとは限らず、智慧は主に、洞察観照の能力と正知見が使われます。

次に、私が指摘したいことは、ある人は聡明でも頭の回転がいいともいえませんが、彼らには必要な集中力と心力があります。聖厳法師が話された通り、周利槃陀伽は、頭は良くはありませんでしたが、掃除と靴磨きの方法で、悟りが開けたのです。

先ほど、聖厳法師に禅宗の重要な意義をお話いただきましたが、実は、チベットの文典の中で、論と禅法の例を探すことができ、特に頓悟の法門です。例えば、カギュ派の一部の論書に、はっきりと「大手印」修法こそ頓悟法門とあり、ある人が漸修の観点で大手印の法を体得するのは、完全に誤解であるといいます。頓悟は確かに証悟の法門の一つといえますが、それは一種の運用に任せた天然のもので、漸修次第の法門にはこだわりません。

サキャ派の著作にある「空智と解脱を同時に成す」の説法から、特にネイマパの「大円満(ゾクチェン)」修行法門があります。ゲルク派のツォンカパですら、この種の「同時に成す」、すなわち瞬間解脱の観念を受け入れています。しかし、表面上では頓悟のようでも、実際は多くの因縁が集まり成熟し、突然作用が起こり、その瞬間的な解脱が引き起こされると思われていました。

ツォンカパは仏経の中の一つの故事を例にします。内容は、中インドに一人の国王がおり、遥か彼方の国家の国王からとても貴重な贈り物を受け取りました。国王は、この贈り物が貴重すぎたため、どのようなお返しをしていいか悩みました。最後に、彼は釈迦牟尼仏に相談したところ、仏陀は、お返しに一枚の「生死輪廻図」の絵画を送るようにいいました。これには、生死輪廻の十二因縁が描かれ、絵画の意味を説明する偈頌も添えました。また、国王が人を派遣してこの贈り物を送った時、相手に、大きな喜びの気持ちと盛大な儀式でこの贈り物を受け取るように伝えました。

相手の国王がこの伝言を受け取った時、とても不思議に感じましたが、盛大な受領の儀式を以って迎えました。最後に、贈り物を開けると、それは一枚の小さな絵画のみで、とても驚きました。しかし、彼は注意深くこの絵画を観賞し、ゆっくりとこの絵の奥深い意味に気付き、それから添付された偈頌を読みました。その瞬間、彼は生死輪廻の十二因縁の真義を悟りました。この経験はとても突然で、完全にあの絵画と偈頌が引き起こしたかのように見えますが、ツォンカパの観点から見ると、事実上、多くの因縁の集まった結果であり、最後の一瞬の出来事は、頓悟経験の火花に点火したと言います。

チベットの上師は、禅宗の棒喝の方法はありませんが、大円満(ゾクチェン)法門の中においては、一種の類似した方法があります。それは、修行者が力を入れて、大きな声で、「はーっ」と叫ぶことです。聞くところによると、「はーっ」と叫ぶ時、妄想は一瞬の間に断たれ、修行者は直ちに悟りが体験できると言います。このような体験は奇妙で、思慮分別がなく、一種の無念な状態です。

 

聖厳法師:この修行者は、この種の状態を維持する事ができますか?このような経験は、短時間のものですか?それとも、不断に続くのでしょうか?

 

ダライラマ:サキャ・パンディタは、この問題に回答できる偈頌が一首あります。この偈頌によると、念と念の間に、内在する清く澄んだ光明が持続的に現れると言います。貴方が「はーっ」と叫ぶや、自ずと起きた見事さや無分別心を体験した時、体験したそのものこそが光明であるとこの偈頌は暗示しています。これを空性と呼ぶことができます。しかし、この種の体験は短いものです。聞くところによると、すでに十分に大きな功徳資糧を積んだ人は、因縁が成熟した時、空性を悟り証すこともできるそうです。大円満の法門の中において、貴方の見事な体験に、上師の加持を得る事ができる上に、自己に更に十分に高い功徳資糧を備えている時、貴方はこの体験を「正浄覚」(チベット訳: rigpa 、英訳: true pristine awareness )に昇華できるとあります。貴方がこの光明を体験する時、全体の世界は空性・真如で融合します。

 

聖厳法師:教えていただきたいのですが、大円満のもとに現れた公明はどの位維持するのでしょうか?ずっと維持され続け、心中に絶え間なく光明があるのですか?もしくは、時間が経つと、だんだん薄れていくのでしょうか?また、光明境が出現後、まだ煩悩はあるのでしょうか?夜、眠る時、夢の中の状況はいかがでしょうか?

 

ダライラマ:私は、大円満の法門の観点から引き続き話します。我々が心の光明の本性まで話すとき、実は、我々は心識の本質を話しているのであり、この本性は、ずっと絶えないのです。例えば、水の本質は澄んでおり、水さえあれば、その澄みきった本質は存在するのです。水が濁ると、水の澄んだ本質が見えなくなってしまいます。棒で混ぜたりすれば、水は更に濁るでしょう。水の澄んだ本質を見たければ、水を静止させないといけません。水をかき回すのを一旦やめて、濁り水を静止させれば、再び水の澄んだ本質が見えます。この澄んだ本質は、外に求める必要はありません。その本質はもともと濁った水の中にあるのです。

 

同じ道理で、一人の人間が善念や悪念を持っているかに関わらず、この人の性格はずっと無所不遍の光明中にあります。修行の角度から見て、善念もしくは悪念に関わらず、全てが光明の障害物を体験するのを妨げるのです。そのため、どのように心識を安定させるか、いかに善念と悪念の移りを止めるかを強調しているのです。ここから、禅宗の頓悟法門と先ほど話した多くの類似点を見る事ができます。

一人の心中に光明の体験が出来たとたん、夢の世界はすぐに影響を受け、清楚明白となります。しかし、この種の大円満の頓悟法門には先決条件があります。それは、まず一種の方法、「心の本来の面目を探す」を修行することです。このような方法は、心の生起・安住・変異・消滅を分析することで、その分析方式は、中観派の四句の論理に非常に似ています。

チベット仏教の中でもまた、奢摩他(シャマタ:心を静める)と毘婆奢那(ヴィパッサナー:特別な観察)の同時完成についても討論されています。しかし、この種の境地に達成したくても、修行者は少なくとも密乗の禅定及び密法を修持し、第八修心の段階に達する必要があります。この段階に達してこそ、奢摩他と毘婆奢那の同時完成が可能です。

先ほどお話しいただいた禅宗の一種の修行方法は、修行者に煩悩を感じている自我を探させることで、この方法は、修行者に「私は誰か」、「誰が煩悩を生んでいるか」を自問させるのです。この種の方法は、中観派が用いる〈金剛屑因〉の分析方法に非常に似ており、この種の分析は、因果の角度から物事を見るのです。経典の中からその他の類似の法門を探す事ができます。チャンドラキルティ( 600 年〜 650 年)の「私」に対する 7 点の分析、また、カギュ派のミラレパ( 1040 年〜 1123 年)も、弟子に絶えず「私はどこにいる」ことを探すよう要求しました。

もう一点指摘したいことがあります。中観派の中心教義の一つ、それは、絶えず、「物事の存在は、常にその外見で見られるように存在しているかどうか」を問うことです。ここで、我々は空の本当の意味を理解しなければなりません。例えば、我々の前に、本当に小さい虫がいるかを聞くとします。細かく観察した後、結論は反対で、実際は小さい虫などいないかもしれません。しかし、この「ない」は決して空無所有と等しくありません。ですから、物が見つからないのは、見つかると等しいこともあります。空というのは、我々が細かく一つの存在する物事を観察することで、それの本当の本質を探した後、見つかった物なのです。

 

聖厳法師:「私は誰か」を問う時、心を探してもみつからないという時に、これが開悟であると思う人がいますが、これは問題があります。多くの人がしばらく休み、心中には雑念がないとしても、これは開悟ではなく、「頑空」と呼ばれ、空性の空ではありません。そこで、老師による検証が必要です。また、学生も自省し、自我は日常生活中に煩悩があるか、執着があるかどうかを観察しなければなりません。

ですから、心の光明が現れた後、どれ位維持できるのかを聞いたのですもしも、ずっと維持するのなら、我々はこれを徹悟と言います。ずっと維持できないのであれば、それは見性と言います。しかし、一人の体験が中観的な空性に符合しないのであれば、我々もそれが本当の徹悟であると認めません。

本当に無我まで体験したいというなら、やはり、無所得から修行しなければなりません。なぜなら、一人の人間が修行して更に精進するなら、自己の開悟の追求をやめ、反対に他人を助けることに専念するようになるでしょう。人間が自己の覚悟に関心を持たなくなれば、全身全力を持って他人を助け、煩悩から解脱できてこそ、徹悟が可能になるのです。

 

ダライラマ:チベット仏教とインド仏教には共に四禅の八個の予備段階があります。その中の第五段階は、観察分析であり、その目的は、修行者がある強烈な情緒をコントロールできるか否かを検査します。例えば、男性修行者は、一人の女性が自分の目の前にいることを観想し、その時、まだ色欲があるというなら、この人は再度訓練する必要があるということです。初禅境界に達した人は、すでに多くの執着と色欲から抜け出しているはずですが、空性を体験していても、まだ習気を取り払う事ができず、程度が一様でない色欲,貪欲さや数々の執着が現れる人もいます。

聖厳法師は、先ほどこう言及しました。一人の人間は絶えず空性の体験の中で安住できるのは、更に高い段階の修行をした者のみが成し得ます。これは、この人が禅定及び禅定後の証悟に自在を得る必要があるためです。一人の修行者が、徹悟の前、多くの段階の中において、禅定及び証悟が、順次起こり、また、両者はお互いに交替します。聞くところによると、徹悟する時、禅定と証悟は同時に起こると言います。この観点から見ると、空性の体験が禅定の中で不断に維持されていることを現証できるなら、これは徹悟です。

 

聖厳法師:徹悟は、決して阿羅漢果を証果するのでも、完全に断欲することでもありません。徹悟というのは、それ以降、心中に仏法の疑惑がなくなるということです。徹悟した人は、完全に煩悩を断ったわけではなく、煩悩の存在を知っているものの、それを現行させません。ただ、彼はとても安心し、自己の状況が明らかになり、今後は更に戸惑うことはなくなります。

禅宗は、漸修次第を重視せず、私本人も禅観を修持しました。しかし、見性と体験空性は更に重要です。これは、かつて味わったことの無い水から、初めて水を味わった時の味のように、自ら体験する必要があるのです。空性を体験するのも同じ道理であり、自らそれを体験する必要があります。さもなければ、永遠に知る事ができず、それを聞いた事があったとしても、それでは足りないのです。徹悟と見性は異なり、見性は空性の体験を開始、見性の後にまだ煩悩があり、時には、また現行します。しかし、徹悟した後、心中に煩悩があっても、それは明明白白です。

また、禅宗の角度から見て、徹悟は決して禅定の中にあるものではありません。

今回は、私達の初めての対談で、この機会は非常に貴重です。しかし、詳細まで話すには、最低でも 2 〜 3 日はかかります。

 

ダライラマ:仏経が説くような、空性を現証した修行者にとって、空性の真諦は不思議で、言葉も文字も超えるものです。自らの体験がなければ、空性はただ理智と概念においての理解でしかありません。

聖厳法師の世の中の浄土運動を話したいと思います。この運動は、全ての人の心の清浄を基礎とし、清浄な社会と環境を建設するというものです。この運動は、私個人の方法に接近するだけでなく、私の方法を実証し、非常に奮い立たせてくれます。常に人に伝えていることは、輪廻と煩悩を解脱することは、ある角度から見れば、もちろん自分個人のことですが、更に重要なのは、社会の角度から見て、これは私の言う「社会の涅槃境界」( thenirvana of society )を建設することです。このような社会の中で、怒り恨み、憤怒、嫉妬等のマイナス面の情緒と、混乱した不安な気持ちも減少するでしょう。ですから、今日、我々は一つの真正な「心霊交会」ができたと考えます。

私は、法師が世の中の浄土運動を提唱することに大変感謝いたします。

 

聖厳法師:ダライラマとの話し合いは、二つの世界の異なる人の対談だとは全く思いません。私達の言葉は異なりますが、我々の基本の考えと観念は一致します。ありがとうございました。

 

ダライラマ:将来私達が本日の会談のような機会を更に多く持てることを希望します。特に、空性がテーマなら、中国の五台山で再会しましょう。

 

聖厳法師:皆さんと五台山で再度お会いできるのを願っています。文殊師利菩薩の地球上の道場は、五台山であるという伝説があるからです。

 

ダライラマ:我々が本当に五台山で再会し空性について話し合える機会があれば、またその時、文殊師利菩薩がまだ我々に加持を与えてくださっていなければ、文殊師利菩薩は空であると認定する以外ないかもしれませんね。

 

それでは、来賓の皆様、何か質問はありますか。

 

聖厳法師:多くの質問がありますか?難しい質問はダライラマに答えていただきましょう。

 

質問:聖厳法師にお聞きしたいのですが、禅は密に属すのでしょうか、それとも密は禅に属すのでしょうか?

 

聖厳法師:私は密についてよくわかりませんので、この問題は、法王に答えていただいた方がいいでしょう。

しかし、もしも禅が密であり、密が禅であるというなら、我々両家は「禅を学ぶことすなわち密を学ぶこと、密を学ぶことすなわち禅を学ぶこと」となります。私はこれは問題があると思います。この中には同じものもありますし、異なるものもあるからです。

 

ダライラマ:密教のとりわけ優れた部分は、禅定修持の厳密さから来ています。そのため、我々は密乗を三蔵中の経蔵に帰属させます。なぜなら、密乗が禅定修持の厳密から発展して成されたものであると考えているからです。

 

質問:仏法の修持は、聞・思・修の次第を経ます。しかし、空性の法門を修持するなら、信仰のみで智慧の体験が達成できるようですが、これは正しいですか?

 

聖厳法師:悟には世間の悟があり、出世間の悟があり、解悟があり、証悟があります。解悟の過程は、仏法を聞くことで、その後、自己が法を理解します。例えば、縁起を聞いたとします。縁起を知ることが知法で、法を知ることが見仏で、しかしこれは開悟でしょうか?私はこれはただの解悟であり、信仰心が生めるのだと思います。証悟となると、空慧と相応しているかどうか、空慧を体験したかどうか、本当に仏性を見たかどうかで判断します。いわゆる仏性とは空性のことです。

 

ダライラマ:チベット仏教では、我々は多く覚悟という名詞を使い、聖者の証量を表します。

 

質問:見性・開悟・修行の違いを教えてください。

 

聖厳法師:開悟は、頓悟かもしれません。善を行おうとする心根の、深い人なら、開悟以前にすでに資糧を積んだので、これで突然開悟するかもしれません。悟の後、それでも修行が必要です。一般人の資糧は十分ではないので、引き続き修行しなければなりません。口・意三業を修身してこそ開悟が可能なのです。

質問:徹悟の後、仏果位を証果すれば、修行も菩薩戒も不要ですか?それは「行く世行く世も常に菩薩道を行う」の偈頌には背いていませんか?

 

ダライラマ:菩薩道を行うには、二方面に分けて話す事ができます。一方面は、菩薩道の実行で自度し、正覚を成すことが必要で、正覚を成せば、菩薩道を行う必要はなくなります。一方、すでに発願して衆生に利益を与えている、正覚を成してからも、菩薩道を行う必要があります。

質問:聖厳法師にお聞きしたいのですが、次第以外に、他の解脱を求める方法はあるのでしょうか?

 

聖厳法師:頓悟法門は次第を講じないもので、禅を学ぶのが一番です。ただし、皆さんは、不正な手段で利益が得られるとは思わないで下さい。すでに頓悟の状況においては、自然と次第の必要がありませんが、開悟の後も、修行を続ける必要があるからです。

実は、ある人は果位において修め、ある人は因位において修めています。いわゆる果位での修行とは、例えば、成仏後の釈迦牟尼も、毎日座禅を組まなければなりません。私もダライラマに毎日どのように修行しているかを聞いた事があります。道理から言うと、彼はすでに大成就した方で、修行しなくてもいいはずです。しかし、毎日大体 3 〜 4 時間ほど座禅を組み、仏を拝んでいるとのことです。中国の禅宗の祖師も同じです。

 

質問:聖厳法師にお聞きしたいのですが、空性を理解するには、何を遮除する必要がありますか?何を取り除くのでしょうか?真如(永劫不変の真理)とは何でしょうか?

 

聖厳法師:空性の意味は、二つの端を断つことで、一つは実有で、もう一つは虚無です。しかし、中間に執着してもいけません。これを中道といい、中観派の教義です。

真如(永劫不変の真理)とは、唯識と如来蔵の教義であり、真如を理解するのはとても簡単です。煩悩の存在を知っているなら、煩悩こそ、真如なのです。しかし、愚鈍な人や常に感情的な人は、真如があることも知りません。もし、自己の煩悩や情緒をよく理解していれば、真如と相応しているといえます。なぜなら、煩悩全てが断たれる、微細な無明全てが断たれる、これこそが成仏だからです。

そこで、私は煩悩を真如と言います。煩悩がなければ、真如も存在せず、真如はただの偽の名前になります。

 

質問:聖厳法師にお聞きしたいのですが、方便に頼るだけで、成仏できるのでしょうか?知恵に頼るだけはどうでしょう?

 

聖厳法師:私に対する質問が多いですね、法王に聞かれたい質問はありませんか?

 

質問:では、お二人にお聞きしたいのですが、神通力に対する見方をお話いただけませんか?

 

ダライラマ:私の恩師、リン・リンポチェを例に挙げてみましょう。私は何でもリンポチェに質問していたのですが、彼の回答は時には非常に面白いものでした。ある日、彼が本当に特殊能力を持っているのか疑いました。そこで、「神通の経験はありませんか?」と聞き、彼はこう答えました。「私は知りませんが、ある時、心でとても変に事情を知ることがあります。」そこで、神通は可能のようです。もちろん、私も自称神通力を持つ人に数人会いましたが、とても疑っています。私は子供の頃からリンポチェに付いていたので、彼を信じています。しかし、自称神通力や予知能力を持つ人に会うと、とても疑います。私が台湾を訪問した時、多くのチベットのラマ僧に会いましたが、彼らにこう告げました。程度の高い悟を持たなければ、神通力や予知能力のある振りをしてはいけません。なぜなら、それは他人に暴かれる可能性があるからです。

神通力や予知能力に関して、こう言えます。理論上、心識には本来知的能力があり、日常生活において、我々は時々、予感というものがあります。例えば、朝、今日はどんなことが起こるかという、一種の予感や直感があるでしょう。これは、我々一人一人が予知能力の種を持つことを意味するのだと思います。禅修を通した訓練で、我々の意志はますます集中し、記憶力と覚照力もますます強まり、一旦、経験の記憶の能力がとても鋭くなれば、予知的潜在力も増加します。

この理論により、我々は少なくとも予知能力の可能性を信じる事ができます。そこで、予知能力と神通力は、異なる人において異なる形態で起こるようです。

第 7 世のダライラマの時期に、 Dag-pu-Lobsang-Denbe-Gyalsten ( 1714 年― 1762 年)という名僧がおり、彼には神通力を持っていることが公認されていました。ある時、一人のゲルク派の大師、 Jang-gya-Rolbay-Dorjay ( 1717 年― 1786 年)は聞きました。「これらの予知能力はいかにして、貴方の心で起こるのでしょうか?」 Dag-pu-Lobsang-Denbe-Gyalsten はこう答えました。毎回、一つの問題を思考する際、心を集中させ、脳で最初に現れた物、通常はこれが鈴の形象だと言います。この鈴の上方において、いくつかの形象か図案が現れるそうです。彼の予知は、これらの影像図案の中から起こるのです。

確かに、無上瑜伽密には、神通を得させる修行法がありますが、仏経の中にも神通について触れられています。しかし、通常は、眼通もしくは耳通に限られ、臭覚の神通ではありません。我々の日常生活の中で、我々は時々、一つの遠方の物を視覚したり聴覚したりすることが出来ますが、臭覚は使えません。そこで、神通能力にも限りがあるのです。

 

聖厳法師:仏教の信仰者も、きっと神通力を信じています。仏教徒が神通を信じなければ、それはとてもおかしいことです。しかし、釈迦牟尼仏から始まり、弟子達に訓戒を与え、軽率に神通を使ってはいけません。中国禅宗の禅師も、特に弟子達が神通を表現したり、神通を説く事を禁止しています。

愚鈍な者は、神通で自己の助けを求めますが、智慧のある者は、智慧を用いて全ての問題を処理します。智慧を用いた処理は、一度の苦労で永久に楽をする方法で、きっと全ての問題を解決する事ができます。しかし、神通で問題の解決をしていれば、それはただ臨時的、一時的なことなのです。ですから、智慧を求める事が一番いいのです。そこで、我々の今回の対話のテーマは、智慧法門であり、神通法門ではないのです。

 

ダライラマ:この素晴らしい機会、特に聖厳法師に感謝いたします。

 

聖厳法師:ありがとうございます!

 

 

ダライラマ紹介

1935 年 7 月 6 日、ダライラマ 14 世、テンジン・ギャツォ は、チベット東部のアムドのタクツェルの土族の農家に生まれた。 2 才の時にダライラマ 13 世の転生と認定された。

1940 年、ポタラ宮殿でダライラマの即位式が執り行われ、正式にチベット人民の精神的指導者となった。そして、チョカン寺で剃髪・出家儀式を行い、仏法教育の受け入れを始める。 24 歳の時、三大寺の初級試験を受け、毎年、旧暦の 12 月に行われるモンラム大祭の際にラサのチョカン寺が開催する最後の大試験に参加した。最後に、ダライラマはずば抜けた成績で試験に合格し、また、仏学博士の学位も獲得した。

1959 年、ダライラマはチベットを離れてインドに亡命し、今なお、インド北部のダラムサラに住んでいる。

ダライラマは、世界の各種異なる宗教の信仰者は、お互いを更に深く理解・尊重すべきだと考え、相互の信頼と包容の重要性を宣揚し、愛心・悲心・慈心と世界共通の責任を強調している。

そのため、ダライラマは、多くに知られる学者・平和使者・人類代弁者となり、世界の異なる宗教信仰に向き合い、包容及び調和の取れた関係の重要な役割を演じ、また育成している。同時に、チベット人民に対するリーダーの能力が認められ、 1989 年にノーベル平和賞を受賞した。

 

聖厳法師紹介

この世の比丘、聖厳法師は、 1930 年に江蘇南通で生まれ、 13 歳で出家した。美濃にて 6 年間籠もり修行をし、 1975 年には、日本の立正大学の文学博士を獲得した。中華学術院研究所所長、東呉・文化大学教授を歴任し、また、中華仏学研究所・法鼓大学を創設し、教育学術に貢献し、全力を傾けて仕事に取り組んでいる。

法師は、法鼓山禅修文教体系の創立者であり、中国語・英語・日本語の著作のみならず、世界的に知名度の高い禅師である。彼は、特に戒行の提唱、禅修の教学と知見の解明を重視している。チベット仏教だけでなく、各派に深く融通し、それに自然生動の方法で、禅修を指導し、臨機応変に教え、各種の文化背景の人を皆受け入れ、中国語・英語・日本語の著作は百余りあり、多くの言語に翻訳され、世界各地に広めている。

ここ数年、更に一層文化・教育・弘法・修行等の悲願を推し進め、仏法を世の中に確実な物とした。法師は、 1989 年に仏鼓山を創始し、法鼓大学を創設し、「人の性質を高め、人の世で浄土を実現する 」を理念とし、現代仏教の伝統を受け継ぎ、将来の発展に道を開く神聖な使命を受け継いでいる。

著作表(台湾における出版年列):

●ダライラマ著作:(中国語訳部分)

達ョ喇嘛自傳聯經 1990

生命之不可思議立緒文化 1990

慈悲立緒文化 1996

邁向解脱之路聯經 1997

點亮心靈之光聯經 1997

藏傳佛教世界立緒文化 1997

中觀之鑰佛陀教育 1997

慈悲與智見羅桑嘉措出版 1997

慈悲的力量聯經 1998

情緒療癒: SQ 與 EQ 立緒文化 1998

喜樂與空無 ? 阿 ? 1998

生活更快樂時報文化 1999

圓滿之愛時報文化 1999

平心靜氣遠流 2000

新千禧年的心靈革命雙月書屋 2000

●聖厳法師中国語著作:(既に著作出版は 100 冊近く)

正信的佛教法鼓文化 1965

戒律學綱要法鼓文化 1965

基督教之研究法鼓文化 1968

歸程法鼓文化 1968

禪的體驗・禪的開示法鼓文化 1980

明末佛教之研究法鼓文化 1987

學佛群疑法鼓文化 1988

佛國之旅法鼓文化 1990

禪與悟法鼓文化 1991

聖嚴法師學思歴程正中 1993

聖嚴法師教禪坐法鼓文化 1995

念佛生淨土法鼓文化 1995

禪門法鼓文化 1996

聖嚴説禪法鼓文化 1996

菩薩戒指要法鼓文化 1996

修行在紅塵 -- 維摩經六講法鼓文化 1997

心的經典 -- 心經新釋法鼓文化 1997

智慧一百法鼓文化 1998

是非要温柔天下文化 1998

人行道法鼓文化 1999

台灣,加油法鼓文化 1999

動靜皆自在法鼓文化 1999

兩千年行脚法鼓文化 2000

公案一○○法鼓文化 2000

漢傳佛教的智慧生活法鼓文化 2000

歡喜看生死天下文化 2000

神會禪師的悟境法鼓文化 2000

 

 

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