仏教徒とは

 

一、民間信仰

大半の中国人は履歴書等の「宗教」の欄には、「仏教」という二文字を記入するでしょう。言い換えると、多くの中国人は、自分を仏教徒と認めているということです。キリスト教やイスラム教などの洗脳の儀式を受けた人や、自分が仏教徒でないと認めている人以外は、多かれ少なかれ、仏教の信仰と少しは関わりがあります。

そこで、仏教に否定も反対もしない人は、仏教徒と言えます。ですから、仏教徒の範囲はとても広く、中国人の信仰する宗教は、開放的で、寛大で、多元性の宗教であると説明できます。例えば、水・火・風等の自然神崇拝、儒家の説く先祖に対する祖神崇拝、歴史的な偉人・名将・烈士・貞女への崇拝、特定の石・木等に対する霊物崇拝、歴史書や神話小説中の人物や神仙に対する崇拝、また、各種神秘現象の鬼神に対する崇拝等、全てお互いが打ち解けて共存することができます。孔子は怪力乱神(神通力)を語りませんでしたが、民間大衆はこれらの神道の宗教と信仰を、ずっと信じてきました。これは民間の必要とするもので、たとえ唯物論者や一神信仰者の反対を受けるとしても、普遍的に流行しています。しかし、これらは決して正統な仏教とは言えません。

 

二、多神崇拝

仏教が中国に伝わったのは秦漢の時代で、当時、既に民間信仰の存在があり、《楚辞》の中に、各種自然神の名称が出てきます。そのため、インドの仏教が中国に伝わった当初、群神の名目に、一つの西方の新しい神が加わったに過ぎませんでした。仏経の翻訳と普及により、長い間少しずつ積み重なり形成された漢文の三蔵教典は、仏教は一般民間信仰の類に入らず、研読仏経に属すだけで、真に仏法を修学した人のみが知っていた内容です。一般人は仏教の諸仏菩薩と、中国に元からあった祖神・民族神・自然神等の神々を同じ態度と観念で接触していました。ですから、民間の小説や物語の伝説に登場する神と仏は全く違いがありません。例えば、一般民間に知られている如来仏や観世音も、大衆向き物語の《封神榜》や《西遊記》や《観音得道》等の中に登場しており、仏経の研読から理解されたものではありません。

 

三、霊媒と祈祷

仏教の《華厳経》や《地蔵経》にも、各種の天地の神々の名前が出てきますが、中国の民間信仰の多神崇拝は、仏経から伝わったものではありません。すなわち、仙佛に代わって霊媒が霊を呼ぶことや、一般人が受ける霊感です。最も普遍的なのは、扶箕(占いの一種)の方式を使うことで、祈祷師やお告げなどに示される諸神に基づきます。最初、大半は民間小説中の歴史人物や神話物語中の諸種神明で伝わったのですが、仏教が中国に普及してから、詐称の諸仏・菩薩・羅漢・祖師等の名前が使われたり、霊媒の口や鸞書にも現れるようになりました。儒・釈・道三教の神・仙・聖・賢・仏祖・菩薩もすべて、あらゆる霊媒の口や鸞壇の記録に現れたことで、仏教も民間信仰の原因の一つと捕らえられるようになりました。民間信仰の中に、既に仏祖と菩薩の崇拝があったからです。

民間信仰での諸仏菩薩崇拝に対する目的は、求願・祈福・消災・免難・延寿・除病から、求財・求子・求婚姻の円満など、宗教信仰の基礎動機になります。仏菩薩を諸神として崇拝し、全ての目的が達成されます。全ての善神は三宝を護持し、三宝を信仰する人を加護するからです。仏菩薩に求願することで、諸天善神の報いと、諸仏菩薩の仏陀の哀れみを受けます。仏教界では観音菩薩と阿弥陀仏が普遍的に信仰され、中国では、阿弥陀仏と観世音菩薩が最も受け入れられ、「家家阿弥陀仏、戸戸観世音」と言われます。大衆は仏菩薩を求願の対象としており、仏教を信じないとはもちろん言えないのです。

 

四、仏法僧三宝

仏教徒は仏・法・僧の三宝を、皈信や皈敬の対象とし、民間の諸神崇拝とは違います。そこで、釈迦牟尼仏が悟りを開いた後、最初に在家信徒を済度し、直ちに三皈を授かりました。三皈とは、皈依仏(仏に帰依)・皈依法(法に帰依)・皈依僧(僧に帰依)であり、皈依三宝と呼ばれます。

仏は大覚者で、智慧と福徳の円満な人だと自覚しています。法は、仏が説く成仏の方法と、どう成仏すべきかの道理です。僧は仏求法を学び、仏弘化を助け、広く衆生を済度します。初期の成仏道の釈迦世尊は、まだ出家していない弟子の前で、二人の在家弟子に「皈依仏・皈依法・皈依未来比丘僧」と説きました。三皈を備えさえすれば、本物の仏教徒となる事ができます。

仏を信じても、法も僧も信じなければ、それは盲目な崇拝で、民間の神鬼信仰と同類です。法義を探究するだけで、仏も僧も信じないというなら、それは一般の学者であり、本を読んで学問を積むことで、自己の信仰と無関係です。僧を信じるだけなら、それは民間で流行っている、義父義母を認める、先導者を崇拝することに近いです。三宝を備えてこそ、学仏・修法・敬僧が可能になるのです。

僧は、仏法を住持する者の代表です。彼らは仏法を修学し、具体的に仏法を象徴します。釈迦仏が世の中にいた時代、僧が仏に替わって弘法しました。仏の死後も、更に僧による伝授が必要となりました。僧とは出家して組織された団体で、出家者一人一人が僧と呼ばれます。教化においては、僧が僧団の代表となり、縁ある大衆を教化します。そのため、仏は仏法の源で、法は仏教の根本で、僧は仏教の重心で、三者が一つでも欠けてはなりません。三者が和合して初めて、全体の仏教が成り立つのです。

 

五、宗教の段階

仏には現在・過去・未来と、当界と他方の違いがあり、合わせて、十方三世の一切諸仏と言います。法の基本には、殺・盗・邪淫・妄語・飲酒の「五戒」が含まれ、また、不殺生、不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語・不両舌・不悪口・不貧・不瞋恚・不痴等の「十善」があり、これらが人倫道徳の人天善法です。更に一歩進んで、生死解脱の出世善法と、既に得た解脱と入世・住世の菩薩善法があります。

その中の第一段階である人天善法は、世界の全ての宗教に通用します。また、世人が示す「全ての宗教は人に勧めて善をなす」の段階があります。第二段階の出世善法は、人天における超越と、欲・色・無色の三界の生死輪廻です。解脱境界に入り理解すれば、それは小乗の聖人であり、阿羅漢の段階と呼べます。第三段階の世出世法は、生死の束縛を受けず、生死の範囲を逃れる必要がありません。自由で自主的に生死の間を出入りし、衆生を済度し、無我・無人・無衆生・無寿者こそ、大乗の菩薩境界です。

一切の仏宝は、一切の法宝の開示、一切の僧宝は、一切の法宝の修学と弘揚をします。僧宝とは、一般の出家僧尼・小乗の聖者羅漢・大乗の一切の菩薩です。皈依三宝が一切の諸仏・一切の聖者・一切の菩薩・一切の有道高僧の教え・世話・保護・加護を受け入れる事ができます。個人の程度には関係なく、各個人の発心程度、彼らの全根深浅によって、三宝から利益を得ることができます。

 

六、生天と享福

ここからわかるのは、善良な民間信仰や他の各派の神教信仰(多神・一神と関係なく)をしても、世の中の倫理に背かず、成仏する条件に合っていれば、仏法の第一段階、即ち人天善法に属します。これは、人に品格を教えることで、尽くすべき職責、天福の修、修めるべき死の衆善福徳に基づき、死後はまたすぐ人となるか、天界に生まれることになります。ですから、人天善法とは、悪事を行った者は地獄・餓鬼・畜生の三類の悪法を招き、良く努めれば、得るものも多いです。

しかし、人の寿命はとても短く、長くても 100 年前後でしょう。天界の寿命は人の寿命よりは長いですが、それでも死を免れることはできません。仏教では、天は三類に分けられます。最上は無色界、次は色界、最下は欲界です。欲界天人の寿命は、四天王天・刀利天・夜摩天・都史多天・化楽天・他化自在天の六段階があります。最も短い四天王天の寿命は、この世の 50 年を一昼夜として、寿命の長さは 500 歳です。最も長い他化自在天は、世の中の 1600 年を一昼夜として、寿命の長さは一万六千歳です。ただし、これらが天福を享受すれば、すぐ天上の寿命が尽き、世の中に戻るか、悪道に落ちることになります。

人天福報の享受とは、天に勢いよく射られ、すぐに地面に落ちる弓の如く、生死輪廻がまだ起こっていないことです。羅漢は、すでに三界生死を出、菩薩は世間で衆生を広く済度しました。ただ、菩薩が三界に入る時は、一般の輪廻生死と異なり、まるで犯人が監獄で服役を受けているかのようです。司法人員と教化師も監獄に入りますが、彼らは自由の身です。羅漢は永遠に生死を離脱しました。菩薩は生死と煩悩の衆生群の中にいますが、生死の束縛と煩悩の苦しみは受けません。仏は菩薩が成ったものであり、羅漢も菩薩になる可能性があります。一般人が菩薩を模範にするなら、それはつまり見賢思斉(賢を見てはひとしからんことを思い)で、菩薩の法門の修行を発心すること、すなわち、菩薩道の実践者となります。

 

七、正信の仏教

民間信仰の宗教の段階は、信仰者が神の助けを求めるだけで、信仰者自信が他人を助けることまではしません。仏教の信仰は、信仰者が求めれば叶えられるもので、さらに、信仰者を自己の浄化・自己の強化をはかり、人助けの菩薩や仏を手本にすることで、菩薩や仏になることができます。中国の仏教は大乗仏教であり、仏教の信仰は、学仏・修法・敬僧の「三宝弟子」と呼ばれており、「仏」とは菩薩道の円満者で、菩薩行は、「仏法」化世の模範で、「僧」は仏法住持の代表です。

民間信仰の宗教行為は、確かに存在する功能と流行の価値があります。教義の依拠も、教団の拘束も、教師の指導もなく、ただ霊媒と祈祷師当の力に頼り、良ければ善良な風俗に合い、悪ければ、善良な風俗を壊し、人の心に悪影響を及ぼします。仏教はそうではなく、悠久の歴史があり、段階毎にはっきりと分けられた教義と教儀があります。インドで 2600 年前に生まれた釈迦牟尼仏も、代々世代相承してきた教団と教師がいます。釈迦牟尼世尊は、歴史にはっきりと記される仏宝で、仏教の教義と教儀は法宝で、仏教の教団と教師は僧宝です。三宝と皈依三宝を信仰して初めて、正信の仏教徒といえます。

 

では聞きます。あなたは正信の仏教徒ですか?

 

(拙著《正信の仏教》を参照ください。本文は、《学仏群疑》収録)

 

 

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