| 台風の目に平安あり |
台風の目に平安あり―― SARS 後の心の対話 時間: 2003 年 8 月 10 日 場所:台北市政府親子劇場 司会者:葉樹珊 ( ニュースキャスター ) 座談人:聖厳法師 ( 仏鼓山創立者 ) 陳建仁(衛生署署長) 馬英九(台北市市長) 葉金川(仁済病院院長) SARS に立ち向かう際の考察
葉樹珊(以下、司会とする): SARS が台湾各地に深刻な影響をもたらしましたが、台湾は SARS の試練を通して、どのような防疫の経験を積みましたか?皆様は、防疫の過程において、どのような心得と収穫を得ましたか?
馬英九市長(以下、市長とする):台湾から SARS を撲滅した台北市政府のチームは、香港、ベトナム、シンガポール、トロントに出向き、これらの国と都市が、どのように SARS に襲われたか、また、秋冬時の再発予防対策を見てきました。 SARS 撲滅の経験で知ったことのまとめとして、このような新種の疾病に直面し、皆は最初はどうすべきかわからない状態でしたが、模索中に学びました。この病気の状況と、有効なコントロール法を見つけてから、人々の相互協力と配慮のお陰で、共に SARS の苦難から脱出しました。 SARS 撲滅後、皆は社会全体が団結したと感じ、民衆もどのように他人に配慮すべきかを理解しました。この点は、私に深い感銘を与えました。 SARS が勃発した当初、医療・看護人員への感染と診断ミスの状況がしきりに起こりましたが、まさか彼らは責任を追及されませんよね。彼ら曰く、この種の病気が今まで無かったため、全ての人がミスを犯しただろうと言います。私達は、第一線の人員に責任を問うことはできません。 実は、人類の歴史には、このような状況はとても多く、知らない病気に直面し、いつも、言い表せない恐怖感や疑い不安に思う気持ち、それに憎しみなどが生まれてきました。しかし、最後には人と人との愛や配慮から、最終的に難関を越える事ができるのです。 SARS は私に一つの啓示を与えてくれました。それは、私達が非常に多くの未知の物事に直面する時、真に使える物、恐らくこれらが最も根本的なことだということです。そこで、私達はこの過程から SARS に立ち向かう基本原則を導き出しました。ハイテクの医療面以外に、更に重要なのは、人間性や感性の面等で病気克服の貴重な経験を凝縮することです。これで、今後、似たような状況が発生した時に参考にできます。
陳建仁署長(以下、署長とする):この時から最も注目しているのは、 SARS が再来したら、どう対応するかということです。衛生署では、まず、良好な衛生習慣を台湾人の生活の一部とするように告げています。例えば、こまめに手を洗うこと、体温を測ることなど、多くの国がすでに行っている必須の衛生習慣です。一人一人、自分から取り組み、このような社会が国民全体を健康にしてくれるでしょう。第二に、海外から入ってくる病例の管理・コントロールで、アジア太平洋地区の疾病連絡網を設立し、素早く各国の疾病状況が把握できるようになります。 SARS の初期には、病気を隠す人もいましたが、こうなると病例が増え、収拾が付かなくなります。人は未知の状況に置かれると、どうしてもこのような反応をしがちですが、私達がさらに情報の透明化を図ることで、このような状況は変わるでしょう。疾病は国境がないため、全ての国々が利益を受ける事ができます。第三は、快速な診断能力を作ることです。 SARS の初期症状と風邪の症状は非常に似ているのですが、一年に約 40 万人もの人々がインフルエンザにかかる反面、 SARS にかかった人は 1000 人を超えませんでした。ですから、いかに正確に SARS とインフルエンザの区別をつけるかがとても重要なのです。最後に、病院の内部管理とコントロールを徹底させ、医療スタッフが防護不足により犠牲にならないように努めます。 実際、台湾はその時、短時間での SARS 撲滅の目的があり、 WHO (世界保健機関)が台湾に対する感染地区指定を解除した時、こう言いました。短時間に、台湾各界、政府・民間・全ての医療スタッフが、総動員で最高の措置をとりました。これは、疾病通報の透明化、通報システムの即時性、診断の快速性を始め、全民衆が非常に短期間内に政府の体温計測等の活動に参加し、これらの進んだ行動により成功しました。実際、台湾の全国民による成功といえます。私はとても感動しました。 ここで私も全ての医療スタッフに最高の敬意を示します。当時、病院に SARS 患者の見舞いに行き、医療スタッフが優れた防護措置を行い、心を込め第一線で患者の治療に当たっている姿を見ました。不幸にも亡くなられた方々の体を、スタッフはぬれ手拭いでふき、その後の手配をしました。医療関係者の目で、一人一人の患者を診て、彼らはまさに菩薩やイエスキリストのようでした。彼ら本人こそ、世界を救う救世の大菩薩といえます。
葉金川院長(以下、院長とする):病院最初に入った時、私の子供の学校が、学校の学生達に働きかけ、祝福カードを医者・看護士・患者・そして私宛てに、 3 〜 400 通もいただきました。その後、李遠哲院長が全国民に体温計測を働きかけ、 9 割以上の国民がそれを支持しました。 SARS 撲滅期に、一人一人が何かを手伝おうとする思い、これこそ、台湾の生命力と活力といえます。 SARS は来るのも終わるのも速かったのですが、それは、全民が一つになって、一人一人が全力を尽くしたためで、外国の疾病専門家によると、民衆の高い協力が、台湾の成功を導いたと言います。 私は、最前線のスタッフとして働いていたのですが、実は私も怖かったです。しかし、「怖い」気持ちが 100 %なら、「怖い」の 95 %は何かわかります。その残った 5 %は、心配中の不明瞭な部分です。言い換えると、用心深くするのは良いですが、恐れてはいけないということです。私は病院で内部の広報を担当していましたが、「君達はよくやっている。君達の努力は何も問題がない。」と、他のスタッフを絶えず励ましました。私達が知らないことに対しては、もちろん方法がありませんが、知っていることに対しての予防は可能なのです。 同様に国民に呼びかけたいと思います。皆が自信を持てば、将来 SARS が再発しても、既に相当な豊富な知識を積んでいるため、それに向き合うことができるのです。 SARS ウイルスに対する理解は増え、私達の恐れる部分は減りました。皆さんは、将来起こる可能性のある試練に直面する自信を持ってください。
聖厳法師(以下、法師とする):今日のテーマ、「台風の目に平安あり」なのですが、アメリカのコロンビアでも、同様の講演をしたことがあります。アメリカは SARS の被害はありませんでしたが、当時、全世界において、 SARS はあらゆる人がかかる可能性の病気であり、人々の心はとても落ち着きませんでした。 このテーマの意味は、身体は危険の中にあっても、心が安定さえしていれば、危機を脱する事ができるということです。例えば、三年前にある公共場所で火災が起こりました。そこは密室空間であったため、ある人は、生き延びる希望を失い、そこで観音菩薩を念じ始めました。すると、近くに椅子を発見し、その椅子を使って、ガラス窓を打ち破り、結果、彼はその場から逃れる事ができたのです。これは、念仏と関係があるようですが、実はそうとも限りません。これは、彼が念仏を唱えることで、心が安定したからです。ですから、念じる対象は、観音菩薩でもイエスキリストでもよかったのです。心中に一つの信仰の対象があるだけで、心は安定するのです。 しかし、私達の心は常に安全感も満足感もなく、人との間にはいつも嫉妬や疑いの気持ちや対立などの摩擦が生まれ、それによって、智慧を失い、いつでも危険な目に遭う可能性があります。ですから、釈迦牟尼仏は「火窟」や「火宅」でこの世を形容し、愚痴な者は、危険が私達の近くに潜んでいることを忘れ、火宅の中で遊びに夢中になり、数々の悪行を作り出し、お互いに争いを始めます。智慧を持つ者のみ、「治に居て乱を忘れず(平和なときも困難や危険に備えて準備を怠らない)」の重要性をよく理解しています。 SARS は再上陸する可能性があります。 SARS が来なくても、他の災難、例えば、水災・風災・地震など、全てが台湾で起こりうる問題です。もしも、私達が常に「治に居て乱を忘れず」の観念と心の準備をしていれば、比較的落ち着いて各種災難に直面する事ができるでしょう。 災難が起こったら、まず専門家の話を聞き、指示を受け入れてください。第二に、現実を受け入れてください。もしも、災難が降りかかり、逃げる事ができないのなら、災難を受け入れるべき任務と考えて、受け入れないといけません。この危機に直面しないなら、緊張する必要はありません。第三に、互いに助け合う精神を発揮し、心温まる力を差し出してください。 SARS の時期には、大勢の人が多くの物事を差し出しましたが、それが批評を招き、心理のバランスを崩しました。釈迦牟尼仏はかつてこう言いました。もしも貴方が矢に当てられたとしても、矢を放った人は誰だとか、矢に当たった理由を追求せず、真っ先に矢を抜き、今後矢に当たらないようにしましょう。そこで、何か不満に感じても、私達は他人を憎む必要も、他の人の慰めを期待する必要もありません。誰かが私達をいたわってくれないなら、私達が他の人をいたわればいいのです。私達が他人をいたわると、自分が得るいたわりは往々にして最も多いのです。
SARS 嵐の中で真相に会う
司会: SARS の期間、台湾の多くの裏舞台の人々が黙々と自分の力を差し出しました。例えば、 24 時間対応のドライバー・掃除スタッフ・ボランティア等などで、これらは全て台湾の生命力の表れです。この期間に、どんな感動の話がありましたか?
署長:専門家委員会に入った 3 月末、 SARS 撃退において、団体の力が十分に発揮しているのを見ました。委員会は、流行病の学者・内科医師・小児科医師・伝染病学者などで組織され、会議中は、皆が知っていることは、余すところなく語り、毎日 2 〜 3 時間、異なる病気例についての討論を行いました。皆は、出来る限り新しい事情を吸収し、お互いに享受し合い、相手の専門的な意見を尊重し、最高の判断をしました。 しかし、防疫初期において、少々残念な事があります。それは、多くの人が感染後の接触歴を誠実に伝えなかったことで、転院の資料も同様です。これは、人との信頼関係の問題です。しかし、私達が国民に誠実な通報を勧めてから、状況は改善しました。そこで、実際上、誠実さが SARS を防止する最高の政策となったのです。全ての人が社会のネットワークの接点であるため、公共衛生の立場から見ると、いずれの一つの接点が損傷を受けると、社会全体のネットワークが非常に大きな衝動を受けるためです。全ての人が誠実になり、他人に関心を持ち始め、お互い協力し合い、防疫の仕事は、希望を見る事ができました。 SARS 後期において、国民はとても良く取り組みました。まとめてみると、三つあります。一つは、智者不惑、皆が SARS に対する知識が多くなれば多くなるほど、恐れなくなります。二つ目は、仁者に憂いなし、皆が他人に関心を持ち、思いやれば、自分の未来を心配することはありません。三つ目は、勇者は恐れず、特に第一線の人員や各界のボランティアが勇敢に取り組みました。これらの改善を見て、非常に感動しました。
市長:和平病院が封院された時、医者や看護士の家族が非常に緊張しながら電話で、「彼らを早く出して欲しい。」と頼みました。その中、ある看護士が、泣きながら父親に、「私の責任は人助けをすること、今この時期は離れてはいけないのです。」と話しているのを見ました。あるボランティアは、病院に入れば感染の危険性があるとわかっていても、勇敢に中に入っていきました。その他、一人の匿名の企業家が、一億元を市政府に、 SARS 撲滅の資金として寄付しました。また、彰化の一人のお年寄りの男性が、タクシーで数千元もかけて、 250 キロの冬瓜茶を台北に運びました。冬瓜茶が SARS に効果があると思ったからです。このような感動的な話を、いくつも見てきました。 SARS の嵐が過ぎ去ってから、私達は一方、いかに少ない人力と物力で問題を解決するかを学び取りました。また一方でわかったことは、真に防疫の効果を発揮したのは、ハイテクではなく、イエスキリスト時代に行われた処置法、即ち隔離です。隔離の過程の中で、お互いに差し出す愛と配慮の区別をなくしたことで、起こりうる恐れ・疑い・恨みなどを減らすことができ、先ほどのような感動の話も生まれました。正に、これらの愛と配慮は、私達が問題にぶつかった時、聖厳法師がおっしゃられるように、心が落ち着くことで平安が訪れるということです。
院長:私が和平病院に入った 2 日目の朝、病院内の放送で、「皆さんと共に平安に向かって!」と励ましました。まずこの一点を強調し、皆さんに安心してもらいたかったのです。 SARS の期間中、テレビでは看護士の抗議や逃げた医者などのニュースが絶えず流れていましたが、私が病院で見たのは、少なくとも 8 〜 9 割の病院スタッフが十時間以上看護に当たり、眠ることも休むこともなく患者の看病をしていました。テレビで抗議をしていた医療スタッフは、抗議後に、実は病院に戻り仕事を続けましたが、その部分は報道されていないのです。 実は、病院スタッフ達は皆、一つの共通認識がありました。 SARS 期間中、医療スタッフは、まるで第一線の軍隊のごとく、患者の看病をし、国民の安全に対する職務責任を果たしていました。全国民の安全を獲得保障してこそ、撤退を話す権利があるのです。
法師: SARS の期間中、台湾のいたる場所に菩薩がいました。私達は、時にはどうしても不平不満をこぼしたり、ある現象を誇張したりして、一見、とてもマイナスだったり深刻に見えても、実際は皆、慈善心を持っているのです。私から見ると、プラスもマイナスも関係なく、もしもお互いを菩薩として見ていれば、心が混乱状況の時も、比較的落ち着く事ができます。 SARS の期間中、台湾の各地方でとても多くの感動の話がありましたが、法鼓山でも同様です。例えば、万華区に住むボランティアは、 SARS で往生する人に替わって助念に行きました。彼らの身にも感染の危険性がありましたし、かつ、助念後すぐに隔離されましたが、彼らは平安な心で臨終の心構えを持ち、心身共に健康でした。また、我々のボランティアの総指揮者も、和平病院で SARS 患者に接触したため、隔離されました。隔離期間、彼は自分の家の中から電話で指揮を管理し続け、また、隔離されていない人に継続してボランティア活動をするように励ましました。 仏鼓山の当時の防疫の貢献はとても大きいものではありませんでしたが、私達は始終全力を尽くしました。ボランティア達が接触した SARS 患者は少なくありませんでしたが、一人も感染した者はおりませんでした。これこそ、台風の目の中で、心が落ち着き平安だったからだと思います。
いかに秋冬に SARS の再発を予防するか
司会:心を落ち着かせ、正確な防護を行えば、私達は勇敢に SARS などの伝染病に立ち向かうことができます。今からでも始める事ができますが、どう始めるといいのでしょう。平然と未来に起こりうる無常に立ち向かうのでしょうか?
院長:一刻を争う状況に置かれ、衛生署がまず行う職務は、緊急対応の可能な指導指揮センターの設置です。一つの指揮センターがあれば、全ての情報は一つに集中するため、メディアも正確な情報が取得でき、重要な情報を民衆に伝達し、不要な心配もなくなります。また、指揮各部門が技術性の支援の中心になることで、物資や病院スタッフの調達など、順調に無駄なく行う事ができます。指導センターの成立は、少なくともまず皆さんの心を落ち着かせる事ができるため、この点は非常に重要だと思います。
署長:将来、中央と地方の協力強化や、全国民の団結の促進もとても重要だと思います。心に仏を持てば、他の人も仏のように見えるでしょう。人々がこのような精神を持てば、団結・協力の士気もとても高まるはずです。このことをとても難しいことと思わないで下さい。これは、塩と光と同じようなものです。塩は見栄えはしなくても、スープに入れるととても味わい深くなります。また、全ての電灯がなくなったとしても、一つのろうそくさえあれば、部屋全体を照らす事ができます。ですから、皆さんも世上の光と地上の塩のようになってください。一人の力は目立たなくても、集まれば膨大な力となります。 SARS が再来しても、私達は恐れないと信じます。
市長:将来、 SARS を予防する四つの要素はとても重要です。一つ目は指揮系統で、中央と地方の相互疎通により、共に SARS に立ち向かいます。二つ目はコミュニケーションで、民衆との対話を通して、皆さんに SARS 全体について知ってもらいます。三つ目は、コントロールで、特に病院・病状のコントロールです。最後は協力で、政府と国民の一同協力です。今述べた点が実施できれば、 SARS から必ず守れるはずです。
法師:子供の頃、私の師父は、「大丈夫、問題ない。」と、どんな問題に直面しても、いつもこう言っていました。これは、問題を逃避したり恐れたりして言っているのではありません。問題をプラスに考え、解決する、いわゆるプラス思考です。 SARS は、 665 名の感染と、 84 名の台湾人の命を奪いました。彼らは自らの健康と命を献上して、社会大衆に経験と智慧を与えてくれました。ですから、犠牲を無駄にしたと言えません。未来はいかに、積極的でポジティブな態度で問題に直面・解決するのが大切だからです。 SARS に再来するなとは言いませんし、 SARS に向けて、政府も病院スタッフも一般国民も万全な準備ができます。専門の医療・看護と公共の衛生方面において、政府と専門家を信じています。また、一般市民も心の準備が必要です。確実にやり遂げる事ができるなら、私達は絶対に無事でしょう。
質疑応答
質問:人類の医療の方式は、しばしば病気を起こす病原菌の消滅にあります。しかし、病原菌も生存の権利があり、これは仏教徒の強調する慈悲と公平であり、生き物を殺生してはならないという戒律と矛盾しませんか?どのように調整しますか?
署長:生命は全て自分の生きる道を探すのであり、病原菌も同様です。台湾においても、人類が抗生物質の濫用をすることで、病原菌の突然変異を招き、薬物耐性を生みます。他に、 SARS ウイルス・エボラウイルス・ハンタウイルスなど、元々は野生の動物に寄生していたものが、人類の絶え間ない生存空間の拡大により、野生動物の棲息地を侵し、人間も動物と共通の伝染病に感染するようになりました。 ですから、まず私達は、自分の欲望の広がりを抑えるべきで、野生動物の棲息地を侵すことをやめない限り、動物との共通の病気の蔓延は避けられません。第二に、食欲を抑える必要があります。過度・大量の養殖・家畜により、ウイルスが動物の体内の遺伝子に組み替えられ、新種のウイルスが発生します。これが数年前に大流行した鳥インフルエンザの主な原因です。もしも私達が出来るだけ肉や魚を食べないようにすれば、大規模な農業や養殖は必要なくなりますし、この類の伝染病の発生も減ることになります。 人類はウイルスを消滅させるべきでしょうか。医療の立場からは、もちろん必要ですが、違う角度から見れば、人類も振り返って自分の責任を追求すべきで、私欲によるウイルスの拡散は避けるべきです。人は大自然と仲直りすべきだと思います。自然界の一員としてあるべき役割が演じられれば、多くの疾病の拡散を抑えることができるでしょう。
質問: SARS の時に、隔離・感染、いたっては死亡された方々と家族にどのように配慮されましたか?ボランティアは、どのように自分の防護と家族との対話をし、自分と家族を安心させたのでしょうか?
法師: SARS の流行中、法鼓山は臨終に立ち会った菩薩の基本態度は、無理をしないこと、励ましをしないこと、そして、他に二つの指摘があります。第一に助念者はまず心の健康の予防を行い、それに加えて、万全の防疫の準備をし、防護衣とマスクを着用します。言い換えると、菩薩達自身は願い、万全な準備さえすれば、亡くなった方への助念になるということです。第二に、もしも心中に心配や恐怖を感じるなら、行かなくてもいいのです。亡くなった方と我々は空間の距離がないため、自分の家から、往生された人に助念すればいいです。私達の心がその人に向いていれば、助念で、亡くなった方と家族に安心を与える事ができます。 ボランティアと家族の疎通は非常に重要です。家族に「心が落ち着いて平安あり」の道理や自己の信仰を伝えてもいいし、同時に万全の防護で彼らを安心させます。しかし、家族があなたを行かせるとも限りません。貴方が行こうとすれば、家庭内に革命が起こり、家庭は不安になるので、そのような時は行かないでください。貴方一人が安で、他の家族が不安というのは、よくないです。
質問:突然やってくる災難に直面し、社会は往々にして多くの非難と恨みが現れます。いかに民衆の心の障害を取り除き、災難後に更に団結した社会の力量を集める事ができるのでしょうか?
法師:人間には恨み・我慢・不満があるのは必然的なことですが、自分が意外な状況に遭遇した時、マイナスの情緒を生み、発散させます。これは健康的なことだと思います。自分で黙って怒りをこらえるより、口に出した方がいいのです。ですから、私達がいくつかの不平を耳にした時は、それに耳を傾けるだけでなく、感謝の気持ちを持って接してください。それで相手の気持ちも治まります。また、その人にこう告げてもいいです。もしも私が貴方だったら、同じ事を言うと思いますよ。こうやってお互いの対立を取り除く事ができます。 一方、全ての人は他の人への思いやり方を学ぶべきです。自分が不公平な待遇に遭っているなら、菩薩が全ての衆生を救うために自分に与えていると考えてください。これこそ菩薩の精神です。 SARS では、とても多くの菩薩に会わせてくれました。例えば、第一線の医療スタッフやボランティア、そして 84 名の往生者、彼らは全て菩薩です。私達は感謝の気持ちを持たなければなりません。彼らに感謝し、社会の大衆に対して奉献をすべきです。
|







