| 家庭円満と事業成功 |
禅修者の立場で、家庭円満と事業成功の原則を語る時、「誠心誠意で家庭を守り、全身全力を事業に投入する。」の言葉で表現出来ます。 誠心誠意を持って家族全員が気遣えるなら、貧富とは関係なく、家族全員に健康と楽しみを与える事が出来ます。全身全力で仕事に取り組めれば、職位とは関係なく、自他共に成功の経験を享受する事が出来るでしょう。 物質生活が豊かであっても、家庭円満とは限りませんし、外観が優れていても、事業の成功とは限りません。家庭は、尊重され、思いやりの温かさを感じて初めて円満だと言えます。仕事に全力投球して初めて、「いずれの職業においても成功者となれる」の表現が使えます。
家庭中の親子、互いに敬い助け合う 現代人は個人を強調しすぎて、親子間の世代間のギャップと夫婦間の亀裂、また、兄弟間の溝まで生んでいます。家族は生活を共にしているとはいえ、それぞれ心配事が絶えず、ひいては、お互いの権力争いにまで発展してしまいます。最後になるまで両親は子供の心がわからず、子供は両親の心遣いを理解せず、夫婦はお互い信用せず譲り合わず、ほとんどの人は家庭の信用と安全感を失っています。 その結果、年老いた両親は老人ホームに預けられ、十代の子供は反抗期が訪れ、青年となった子供は家を出て独立し、男女間の婚姻も脆弱さが目立つようになり、人々が称賛しうらやむ「円満な家族」は一つの目標や夢になってしまいました。実は、夫婦間は、お互い尊重し合い、気遣い合い、学習し合い、忠誠心を持ち合い、関心を持ち合う事が出来るのなら、円満な婚姻の家庭は、困難な事ではありません。
事業運営、着実な努力 また、社会の価値観念は混乱しています。多くの人は、財産、声望、地位、権力が、事業成功の価値評価であることを知っていても、これが先天的な福報と後天的な努力によって成功に導かれるということは知られていません。先天的な福報が無いのなら、単に後天的な努力に任せて、名声、権力と地位を得たり、満足感が得られるとは限りません。 多くの人は、この基本的な道理を理解しておらず、私利を追求しようと、他人の私益や公益を無視します。社会と法律の隙間から悪巧みを考え、騙したり力づくで奪い取り、公で不正を犯し、真相をすり替え世人を欺く手法を発揮するなどして、多くの無実の衆生を傷つけ、一瞬のうちに出世します。しかし、最終的には法律で処罰され、社会から非難を受けるでしょう。例え、一時的に逃げられるとしても、未来の因果応報から逃げることは出来ません。 そのため、事業成功の理想を追い求めることは、もちろん間違いではありませんが、盲目的に突進すると、自他に危害を与える無頼の徒や社会の罪人になってしまいます。 現代人の多くは、目の前の利益に欲を出し、個人の自己意識が抑え付けられると、変化を求めるようになります。そこで、現在の各業種の人事流動率は日増しに高くなり、多くの人は何度も転職をしています。このように仕事は不安定で、心身も安定出来ないので、家庭へ不幸をもたらすようになります。 もちろん、これが段階性の転換や計画性の転職、もしくは調整性の昇進であれば、全て成長の過程であり、成功の道に向かって踏み出しているといえます。しかし、毎回、現実の仕事環境に不満を抱き、誠心誠意で仕事に取り組まないのなら、いかなる業界・業種において、成功を収めることは出来ないでしょう。
多忙な人の時間は最も長い 現代人のほとんどが忙しく、生計を立てるために、複数の仕事を持つ人が増えました。昼間は通常の仕事、夜にも社会活動や接待をする人もいます。ある人は、仕事が忙しくて家庭を顧みず、毎日早朝に出勤し、夜遅く帰宅し、週に一・二度しか子供に会わず、夫婦も十分に話し合う時間がありません。このような多忙な生活において、どう家庭と子供に適切に気を配るかが、大きな問題です! しかし、私個人の経験と学習から、「多忙な人の時間が最も長い」がわかります。その考えさえあれば、「忙しい人」は十分に時間の運用と分配をし、家庭と事業の両方を成功させる事が出来ます。 私は妻や子供に悩まされることはありませんが、寺院の大家庭と僧尼の教育をすることで、父・母・教師の責任を負っています。私は誠心誠意を尽くして、寺院を運営し、徒衆に配慮する必要があり、きわめて多忙な弘法スケジュールにおいて、いつも一人一人の弟子への愛護と関心を忘れません。時には、グループにて討論指導を行い、時には、個別談話にて激励します。「知子莫若父(子を知ること父に如くはなく)」ということわざがあります。私は、彼らの師父であり、彼らの心中の知己であり、そこで彼らは心から望んで私の弟子となるのです。 同様に、両親が子供の考え、性格、興味、素質、潜在能力を知らなければ、子供を指導したり、将来を選択する助けも出来ません。もしも、子供と共に学習も成長も出来ず、子供の理解者となることが出来なければ、子供の信頼を得ることも出来ませんし、安全感を与える事も出来ません。
誠心誠意で家庭と事業を守る 誠心誠意を持って、家庭と事業に取り組みさえすれば、共に獲得する事が出来ます。 私は、禅の修業をする時、常に、「活在現在、佛在現在(今を生き、仏も今あり)」と言っています。これは、適時に努力し、心を落ち着かせ、「着実に今の仕事に取り組む」態度で行います。自分の人生は短く、一歩一歩着実に取り組まなければならず、それでこそ生命は価値があるのです。 現実の生活の中で、随時随所で、全生命をかけて適応・感受するのなら、その後、成功・失敗・損得を気にすることはありません。これこそ、「它(それ)と向き合い、它を受け取り、它を処理し、它を手放す」の意義です。 結論として、家族一人一人が心から気遣い、お互いの気持ちを理解しさえすれば、すぐにでも、家庭は幸福で円満になるのです。事業においては、全力で仕事に取り組み、問題を処理すれば、優れた成果を得る事が出来ます。 物質方面で何も獲得出来なくても、心身の安定、経験の成長、社会の貢献では、はっきりした結果を得る事が出来ます。 ( 1995 年 8 月 12 日、台北安和分院「素晴らしい成功人生の追求」座談会にて。本文は、《平安な世の中》に収録)
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