現代青年の生活環境と心身安定

  

現代の青年が、誰かに会っても、何事にぶつかっても、どんな状況が起こっても、いつでも自己の心身を落ち着かせる事ができるのなら、それこそ、どこも安全で、常に安心できる修養の時であり、全て万事順調に事が進むでしょう。

  「現代」の定義は広いとも狭いとも言えます。広い範囲の現代とは、 18 世紀末の工業革命以来の時代で、狭い範囲の現代とは、今のこの時代、当今を指します。

  現代と古代の違いは、現代は、科学技術の文明によって、人類の生活環境が速いスピードで移り変わり、空間感が縮小し、時間感が加速し、人類の価値の見解と生活様式も関係して、急速に変わっている点です。また、新しい物事、新しい知識、新しい情報や、更に次から次へと新しい誘惑と新しいストレスが形成され、人々の心を息苦しくさせています。

  年齢が比較的高い中年や年配層の方々は、同様にこれらの状況の衝撃を受けますが、彼らは既にそれに直面し、適応できる能力を持っています。しかし、青年は、適応性は高いですが、心の向きが定まらないため、影響を受ける度合いも高いのです。

  そのため、現代社会の生活環境において、青年の心身の安定は容易なことではありません。漠然とした喪失感があり、目標の乏しい状況で、多くの空想を持っていても、自分の将来の見つめ方を知りません。ひたすら夢だけを求め、成功を求め、個人の前途を企て、奇跡式の未来を作り上げています。

  生活環境の速い変化に従い、青年の心身も現実の渦中に巻き込まれます。少数の例外を除いて、大半の若者は、このような苦悶において衝撃を受け、心身が更に落ち着かなくなってしまいます。

永遠に変わらない心の本質

  実は、時代は今と昔の違い、環境は古い新しいの違い、生産文化は人力労働と機械科学技術の違いがありますが、人の心の本質は永遠に同じで変わらないのです。

  人間性を分析すると、人の心は明るいとも暗いとも、良いとも悪いとも言えます。しかし、「人間性」と証しても、「物性」とは全く異なります。そのため、暗きを捨てて明るきに投ずる、すなわち、悪を善にするのが人間の天性です。しかし、人々は常に自分の便宜と安全を求めるためだけで、私利私欲をむさぼる傾向があります。

  しかし、利己的なことは決して憎むべきことでもありません。大半は目の前の利益を貪るためで、特に青年は世渡りの経験が浅く、思慮が周到でないため、意志は常に環境の誘惑と刺激に影響され、目の前の事しか見られなくなっているのです。また、思いつくことも自分の利益に関係することです。そのため、いつも時代環境の風潮に流されやすく、勉強・就職・友達作りから結婚に至るまで、全く決まった決まりがありません。それが彼ら自身を苦悩に陥らせ、更に周辺の人や生活まで困らせてしまうのです。

  人類が誕生してから、人々の心は悩みが絶えません。自分の安全保障を求め、反対に他人の安全を侵害する結果になりかねません。それで、人々に危険をもたらし、安心していられなくなるのです。

  事実、人間は世の中に生き、 100 %の安全保障は得られません。また、絶対に安全な場所もありえません。人々が平然とこの事実に直面し、受け入れ、処理できるなら、身が休められ、安心もできます。若者は比較的安全保障の問題は考えず、自分の伸展を重点に置きます。しかし、盲目で原則の無い自我の伸展も、自分の心身に不安をもたらすことになります。

正確な将来の志を確立

  若者は自分の才能の伸展と、美しい未来を追及します。これは、もちろん激励できる一種の向上心に値します。仏教の立場で、若者が大志を抱くこと、新しい抱負を持つこと、まっしぐらに熱心に学び創業精神を持つことを激励します。例えば、《華厳経》に登場する善財童子は、一人の標準的な仏教青年であり、自分の理想を追求するため、苦労をいとわず、幾山河を遍歴し、 53 名の大学問家、大宗教家、大教育家、大政治家、大事業家、更には各業種の専門家を訪問しました。

  しかし、一般人の観念にある大志は、いつも声望、財産、権勢、地位から離れられません。皆がこうだと、争奪の不安をもたらします。手に入れられた人は、一方は失うことを恐れ、一方は希望が更に多く、心はやはり落ち着きません。手に入れられない人は、喪失感を持ち、社会の端を彷徨う失意の人間となります。彼らは、正常な社会において、肯定を手に入れることも、新しい道を開くことも出来ず、他の自我を伸展させる活動方式を探します。

  私は、アメリカで多くのアメリカ人青年に会いましたが、彼らは、学業、家庭、仕事で挫折した時、しばらくの間全てをやめ、漫遊生活を送り、それに区切りがつき、気分が落ち着いてから、再度学校や職場に復帰していました。

  また、例えば、アメリカにおいて多くの医者や弁護士の息子さんに会いましたが、中には大学に進学せず、ブルーカラーの仕事に就いた人もいます。しかし、本人が何かマイナスに感じたり、両親もメンツを失ったなどとも感じる人もいませんでした。それは、アメリカ人は個人の性格と考えを尊重するため、青年はこうすべきだと決して強要しないからです。つまり、アメリカの父母は中国人の父母と異なり、自分の希望を子女の身に託すことはないため、アメリカ人青年は、比較的大きな自我発展の空間を持っているのです。

  実は、ブルーカラーの仕事もホワイトカラーの仕事も、心身の安定と健康さえ保持すればいいことで、また何かいけないことがあるのでしょうか?

現代青年へ提案

  そこで、私は現代の青年達に四点の提案をしたいと思います。

( 1 )自分の能力と興味を認識し、自分が進むべき・進んでもいい道を選んでください。

( 2 )心身の安定は、現実の環境において、それに向き合い、それを受け入れ、それを改善し、それを手放すことです。

( 3 )生涯進む方向を確定し、既定の方向と認知内においては、一歩一歩静かに進み、常に前進し、いつも立脚点を変えても構いません。しかし、くれぐれも方向感を失わないようにしてください。職業と掌握は変えてもいいです。人生の方向は変わることはありません。

( 4 )名誉、利益、権利、勢力、地位は、排除する必要はありませんが、ただこれらを追求するだけの生活はしないようにしてください。生活の目的は、安全かつ楽しみであるべきで、生命の価値は、自分と他人の安定であるべきです。

政府と社会へ提案

  現代の青年の幸せのために、政府と社会に四点の提案をしたいと思います。

( 1 )異なる考えや素質を持つ青年に、自分の長所を学ばせ、長所を教育環境や仕事環境で発揮させるようにしてください。

( 2 )自信を失った青年達を尊重し、教育施設や社会施設を利用して、彼らの自信再建の手助けをしてください。

( 3 )政府や民間に青年活動の項目を増やすよう持ちかけ、青年達に元気旺盛な体力と努力の気持ちを持たせ、規律と正常の解除と肯定を得させてください。

( 4 )人品、家庭、社会価値観の判断は、学校の成績、知名度の高さ、財力の高さ、権力の強さ、地位の高さとは関係なく、各個人の先天的な条件と後天的な努力で測定すべきです。出来る限り努力して自分を成長させ、他人に利益を与えることが、一人の成功者なのです。

社会の人々は、現代青年の安定した成長に対して、全て責任があります。心と社会の不安が原因で、青年は彷徨っているのです。ですから、法鼓山は、安心、安身、安家、安業の「四安」運動を提唱し、我々の努力で、安和楽利の明日の世界を建設します。

( 1995 年 7 月 15 日 台北安和分院「実は貴方は私の心を理解していない」の座談会より。本文は、《平安な世の中》に収録。)

 

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